トゥルキスタン夜話

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2007.06.06 Wednesday

トルコ語の「日本娘」について。

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    トルコ人がイメージする「日本娘japon kizi」は三タイプある。(以下全部私個人の勝手な意見ですから、自分の周囲のトルコ人と言ってることと違う!とか言っておこんないよーに。)

    1.フツーに日本人未婚女性・広島の少女(ナーズム・ヒクメットより)・セツコぉおおお(誰?)

    2.目が釣りあがった面長の人。→ルーシー・リュー。ポカホンタス。芸者。浮世絵。

    代表例はやはりサンドラ・オー
    2005年のピープル誌の「50 Most Beautiful People」にえらばれた絶世の「ジャポン・ギュゼリ」(実は韓国系だが)

    3.目のでかい丸顔のアニメキャラ→セーラームーン。シェケルクズ(笑)・キャンディ。あまり実写で表現できないが、強いて言えば菊池凛子、工藤夕貴あたり。

    を、指す。つまり「日本娘」とは日本人である必要なんてなかったりする。
    あくまでイメージ!であって、しかも2と3は顔的に真逆である。
    そう、「日本娘」と言ったときにトルコ人の脳裏に浮かぶイメージが二極化しており、「アニメ系(ロリ)」と「アジアン・ビューティー系(おっさん地味顔)」という対極のモノを同じ単語で表しているので、こちらは混乱するのだ。

    この2と3の「日本女性像」は、奇しくも明治時代に来日した白人が日本女性を「長州系」と「薩摩系」とか分けて(あたかも『インディアン』の部族のようなトンデモな分類法だったとおもう)、長州系は面長能面、薩摩系はチンクシャ出っ歯、というような無益な分類をしていたのを髣髴とさせる。

    余談だが、私は、日本人自身な・ぜ・か、「長州系アジアン・ビューティー」の女性が「世界に羽ばたく」ことには妙に寛容であるよーな気がする。
    おいおい、サンドラ・オーとかネットアイドル・Tちゃんとか自分達の世界では絶対美人として許容しないくせに、外に出すのはえーんかい?と疑問に思う。(血統的に薩摩系に属する私の僻みでしょうか…?)
    ちなみにトルコ芸能界で活躍なさっている日本人女優の人もカナリの「アジアン・ビューティー」系である。

    3、の例としてはこーゆー糞ゲーがある。(↓真面目にプレイして怒らないよーに。)
    http://www.2flashgames.com/f/f-564.htm
    これってどう考えても日本人じゃないと思うのだが、しかしトルコ人はそれに「日本娘ゲーム」という名前をつける。
    金髪緑目でもアニメ顔なら「日本娘」なのである。
    http://www.komikhane.com/oyunlar/1675/Japon-Kizi.html
    http://www.freeoyun.net/Puzzle%20Oyunlar%C4%B1/828-/Japon-K%C4%B1z%C4%B1

    こっちも当然「日本娘」・・・。
    http://minikbarbie.com/Japon_Kizi_Roi.oyunu
    http://minikbarbie.com/Japon_Giysileri_ve_Makyaji.oyunu
    http://www.kraloyun.com/1528-japon.okul.k%C4%B1z%C4%B1.html
    http://www.turkishgame.net/file.php?f=15
    http://www.tubeorg.net/Eglenceli/Sarki-Soyleyen-Sirin-Japon-Kizi/
    (何故か着せ替え系ばっか。こーゆーところで予習しまくったトルコ人は実際の『日本娘』を見ると条件反射的に「着せ替え」したくなるという噂…。)

    あと、1YTLショップで売られているちょいエロフィギュアにも「日本娘」と書いてあって、びっくりしたこともある。どうみても日本製でも日本娘でもないが、確かに顔がアニメっぽくミニスカートを履いている(当時はそれだけで日本とかゆーな!失敬な!と怒ってしまったが)。とにかく狭い肩幅に平面顔がのってて目が特大でエロかったら、それは「日本娘」であると認識する層というのが都市部にできあがりつつある…らしいのだ。(多分農村の人々は1と2どまりだと思うが)

    しかし実はトルコ人が「一番好きな日本人娘」は3.アニメ系でも2.アジエンス系でもない。
    前者が好きな奴は「hentaiアニメ(日本語の変態じゃないよ。トルコ語です)」に、後者が好きな奴は海賊AVに毒されている可能性大で、どちらにせよマニアックなだけだ。

    ずばり断言してあげよう。
    トルコ人が一番好きな「日本娘」はリア・ディゾンである!(・・・日本人じゃないじゃん、とか細かいこと言わないで。)

    または、加藤夏希、柴咲コウ、後藤久美子、武田久美子(古!)、アグネス・ラム(私も見たことないけど)、原節子(おお…)が正解。
    要はトルコ人に限りなく近くて彼らのコンプレックス(ぎょろ目で鼻と尻がデカイ)を克服し、それでも日本人にしてはカナリ「濃い顔」がイイってことだと思う。
    アニメ系とアジエンス系の方々はあくまで「珍獣部門からエントリー」って感じだ。
    (ちなみに私も「珍獣」だが、そうやってもてはやされてしまうのは、心のそこから不愉快である。「極東ブスだー、オモロイ、珍しいー」とハッキリ言ってくれたほうがまだいい。
    犬で言えば「パグ」とか「ブルテリア」の役どころをふられて、逸脱が特化していることを「可愛い、可愛い」と愛でられるのは吐き気がするほど嫌なもんなのだ。表層至上主義の私がトルコ嫌いでウズベキ贔屓な理由の80%はここにあるといっていい)

    その証拠に…今年のミス・ユニバースに対してトルコ人的に一番多い感想が、「ええ?こんな顔が世界で一番綺麗(kainat guzeli)なんて・・・ぷっ。典型的な日本人顔!しかし、ま、トルコ人に比べたらアレだけど(なにさ?)、自分が今まで見た日本人のなかでは一番綺麗かな〜」とかいうものだった。
    日本人以外の民族は一般的に他人の肉体的欠陥を批判するのは下劣な行為だというのをわきまえているので(世界でも日本人は容姿に恵まれない人に激しく辛らつ)あまりはっきり「ブスだー!」とは言ってくれないんですが、それでもやはりあまりの美的レベルの低さに顰蹙しているトルコ人は多かった。
    日本人は結構「アッチの人はあーゆー顔が好きらしいぜよ」と思ってたりするんだろーが、少なくともトルコ人の本音では「ありゃ(美的に)駄目」な顔だってことです。(アジア女フェチ除く)

    私はここにトルコ人と西洋人のちょっとした違いを見る。
    「白人」は結構素直にでサンドラ・オーとかルーシー・リューを美人だと思えるのだが、トルコ人は日本人と同じく、そう思えない民族であるらしい。
    つまり、「白人」は未だかつて「アジア系ブス顔」だった経験がなく、トルコ人はかつて「そーゆー顔」だった経験が「ある」。
    (トルコ人がバイカル湖あたりにいた頃は「森さん」や「さあや」だったわけですよ。)
    で、ズィヤー・ギョカルプの弁じゃないが、トルコ人は常に「西!(ヨーロッパ)」を目指す人々である。
    よって、アジア的であればあるほどその顔は「ブサイク」「後進的」「田舎くさい」「貧乏そう」「モテなそう」「頭悪そう」「口が臭そう」「陰険そう」と深層心理にインプットされている(かもしれない)。
    かつてトルコのある女子アナ(NTV。ちなみにNTVのキャスターは当時なぜか全員偽金髪美女だった。特にデフネとのちにKANALDに移ったソナイはそりゃ綺麗だったもんだ!)はイルハン・マンスズを「日本人みたいにブサイクだから日本人にウケるんでしょ」と断言した。
    このキャスターが例外的なのは分かっているが、西洋人であれば、イルハンをブサイクとは誰一人絶対いわないはずだ。(と…信じたい)
    つまりトルコ人は「白人」にくらべて「アジア顔」により身内意識=恥がある…といったらいいか。芸能界の隅っこで「変顔要員」として生きていくなら「吊り目」は許すけど、アレが「世界基準の美女」と見なされるのは許さん!というトルコ人の意地が垣間見えた(よーな気がした)今回のミス・ユニバースなのであった。

    ま、私は別にトルコ人が遥か遠くで「日本娘」をどう想像しようがどーでもいいのである。
    勝手に哀れむがいいし(ヒロシマっ子)、面白がればいいし(おっさんビューティー)、脱がせればいい(アニメっ子)。
    ポジティヴに考えれば、日本人の頭のなかであまり「トルコ娘」のイメージがないのに、トルコで「日本娘」のイメージが三通りも定着しているのはある意味すごいことかもしれない。
    「親日国」の面目躍如ってことだろうか。(おえ〜)

    ああ、でも本音をいえば・・・リアちゃん、ハロリア、トルコで売って来て!!!って思ってしまう。今度は「黒船」じゃなく、日本女子挺身隊としてね…。


    NOT;
    トルコ版mixi「よんじゃ」より。

    一番多い書き込みは
    1.美人じゃん!
    2.本人より去年の人のが綺麗!
    3.ありえないんですけど…。
    のうちどれでしょう?

    2006.11.23 Thursday

    ある日、ある本を読み、全人生が変わった。

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      作家はブサイクでナルシストで思想的にオカシい憎むべき不愉快な人物であることが多いが、ノーベル賞受賞作家となったオルハン・パムク(私はパムクよりパムックのがピンと来る。撥音じゃないのだが「クku」にくっつく母音「u」をなるべく取り去りたい)も勿論例外ではない。
      私の周辺だけかもしれないが、彼はすこぶる人気がなく、ノーベル文学賞を取ったときも「トルコ人とったじゃん、よかったね。」などと言おうものなら非難ごうごうな感じであった。「国を売って、個人的な名声を得やがって、恥を知れ!」というのがその代表的な意見だ。
      事情を知らない日本人は見境なくトルコ人に「おめでとう!」などとといって不愉快そうな顔をされ、「なんで怒ってるのだ???」と、びっくりしたことだろう。

      なんか今年の7月に武富士の会長が死んだ時のことを思い出す。
      その日、私はトルコ人の友人の家に呼ばれていたのだが(レインボーブリッヂと海の見える、それはそれはイスタンブールの私の家に酷似したお宅だった。御丁寧な復讐だこと!)その場のトルコ人が皆、「本日は貴国の名士の方がお亡くなりになり、残念でしたね。」みたいなことを言うのである。誰のことだかサッパリわからなかったが、「ほら、日本で一番か二番かにお金持ちの人ですよ。いはば日本のビル・ゲイツですわよね?」などと言っている。金持ちという言葉から類推して、え?ひょっとしてあの刺青入りの金貸し屋の創業者のこと言ってるのかと思い当たり「タケフジのカイチョーのことでせうか?」と聞き返したら、「さふさふ。日本のサバンジ・アアみたいな方ぢゃあなくって?」「おほほほほ・・・・・・(冗談ぢゃねーよ!)。」ある意味国民的人気者でもあり、天皇陛下から勲章を貰っていたよーな財閥の長と武富士の会長なんて全然違うだろー!何言ってんだよ、てかあんた達、そんなんでよく給料もらえるな、と絶句した覚えがある。

      ま、なにが言いたいがというと、いくら金持ちだからと言って、武富士の会長が死んでも普通の日本人が悲しむわけじゃないのと同じに、オルハン・パムックがノーベル賞をとっても普通のトルコ人は嬉しくなかったりするのである。オルハン・パムックとは「そんな奴」なのだ。(私が思うに彼はちょっと大江健三郎に似ている。)

      ところで、彼がノーベル文学賞を受賞してすぐ、トルコで死傷者の出るバス事故があった。
      私はわくわくし、テレビに噛り付いたり、盛んにネット検索をしたりしていた。
      ああ、このニュースの解説をする時、誰かが「地雷」を踏んでくれるのではないか?!・・・そう期待していたのである。
      「トルコでバス事故?そりゃ貴重な体験をされてよかったですね。バス事故こそが新たなる人生への入り口だとパムク氏は言っていますしね。死ぬ瞬間に天使が舞い降りるそうですよ。」
      といったような、気の利いた発言をしようとして、真意が誰にも理解されず、国民から猛抗議を受ける識者や、炎上したりするブログを見たくてしょうがなかったのだ。(性格悪し)
      しかし、粘り強く一ヶ月以上待ったがどうやら誰も踏んだ人はいないらしい。仕方がないので自分で書こうと思い立った次第である。

      オルハン・パムックにはやたらとバス事故が出てくる小説があるのだ。それは「新生yeni hayat」という小説で、(ダンテの『新生』からとった題名。でも私にはなんとなくディペッシュ・モードの曲『new life』からとったんじゃないか?という気もする。)、トルコでは最も売れている本の一つである。
      あらすじはこうだ。(ネタバレ有)
      平凡な大学生が一冊の本を読む。彼は「人生の全てが変わった」と思い込み(トルコ語のできる日本人はなぜか皆、余りにも有名なこの本の出だし、Bir gun bir kitap okudum ve butun hayatim degisti.のところだけを丸暗記している。そしてそういう人は大抵最後まで読んでいない・・・おいおい出だしで満足するなよ、って思うのだが。)、その本を読むきっかけを作った同じ大学の少女に恋をする。やがて少女が失踪すると彼は全てを捨てて、放浪の旅に出る。それが「バス旅行」なのだ。トルコのバスは「案の定」やたらと事故を起こす。最初の事故を経験した後、彼はある種の「覚醒」をする。『…時間とは何だ?事故だ!人生とはなんだ?時間だ!そして事故とはなんだ?違う人生、新・生だ!』それからは、敢えてバス事故に遭遇したい!と、わざわざ「悪い道を通る」「深夜の」「安い会社の」バス、「眠そうな」運転手を探してバスに乗りまくる。ある日「バス事故」が起きたとき、彼は失踪していた少女とめぐり合う。その後二人は「事故」に遭遇することを求めて二人で隣同士に座り、またバスの旅を続ける。次々に事故が起きる。彼ら自身は助かるものの多くの死にゆく乗客を看取ることになる。『そう、事故とは出口で、出口こそが事故なの。天使は魂が抜け出るの時の、夢幻の境でなら、実際に目に見えるのよ。そのときこそ私達が人生と呼ぶところのこの混沌が、真の意味を持ってその姿を表すのだわ…』人々は皆、天使を見、それから、「新生活(死)」に入っていく。少女には恋人が居て、彼も同じくその本を読んで以来失踪し「バス事故」で死んだことになっている。少女はその彼氏を探しているのである(主人公は少女を愛するが片恋に終わる)元彼の父親が作ったスパイ組織の挿話、主人公の叔父の挿話、天使マークのキャラメル(キャラメルはフランス語からの外来語ではく、kara(陸・黒)-melというトルコ語だ、というトンデモ説がでてくる)の挿話、主人公による元彼ピストル殺人、その後の少女の別の「読者」である医師との結婚、などいろいろな話が絡み合い、最終的に主人公は「バス事故」で命を落とす。

      ・・・ここまで徹底的に「バス事故」にこだわり(列車事故じゃ駄目なのだ。何故なら作中の本の作者は鉄道職員だからw)、そこに深遠な意味合いを与えた小説を私は他にしらない。(D・クローネンバーグの『クラッシュ』という映画は、自動車事故で生き残った後、その性的快感が忘れられず人為的に事故を繰り返す、という話だった。『新生』の場合、車ではなくバス、性的快感ではなく霊的幻視感という違いはあっても、事故にこだわり、事故に執着する、という点でちょっとこの映画に似ている。)

      で、私は「トルコにおけるバス事故」が天使や新生に結びつく時の、独特の感覚が理解できる気がする。鉄道網が脆弱なトルコでは都市間の移動はバスに頼らざるを得ず、それがまた列車とは違いなんとも危うげで、刹那的で、先行き不安で、やるせない旅の抒情を醸し出すのである。私もまた「新生」の主人公のように闇雲にバスに乗ったことがあった。シリア国境沿いの都市のホテルにパスポートを置き忘れ、そのまま長旅に出てしまったのである。わざわざパスポートを取りに戻るのも面倒なので、私は宿の主人に電話をし、最終目的地のイスタンブールで泊まる予定のペラパレスにパスポートを送ってくれるように頼んだ。パスポートがないと、外国人は安宿にすら泊まれない。仕方がないので、パスポートが届くまでの一週間の間、ひたすらバスを乗り継いでトルコ中をぐるぐる回っていた。PKKの活動華やかかりし頃、身分証明書もなくトルコに滞在するのは本当に不安な状態である。熱を孕んだ額を窓ガラスに押し付けながら私は独りでバスに乗り続け、冬の曇天に沈む荒涼としたアナトリア平原をあてもなく走り続けていた。他の乗客を起こさないため、咳を無理矢理飲み込むせいか、呼吸は血の味がした。そして、大晦日の真夜中、「新生」の主人公の死の場面と同じく私は一番前の席に座っていた。大雪の中で100キロ以上スピードを出していたバスは「案の定」スリップする。東山魁夷が描くような蒼い雪原の静寂のなかで、私の乗った巨大な棺桶は池から跳ねる鯉のように嬉々として宙を滑り虚空間を「死に向かって」直進した。病に疲れきった私はせまり来る沿道の建物を見つめ、「どうせ私には何もないんだし、どうなってもいい。」と諦めていた。恋人の名前すら呼ぶ気力もないのだった(君を忘れていたのではなく、呼んでも意味が無いことを知っていた。)。オルハン・パムック風に言うなら、天使に導かれて健やかに「新生活」に移る用意があったのである。バスは大幅に道筋を外れてやっと停止した。衝撃で起きた乗客が悲鳴をあげ、運転手と客の怒号の応酬が始まり・・・。

      私は、「去年マリエンバードで」温泉水を飲んだり、「尼僧ヨハンナ」に会ったり、といった架空の記憶が現実になる経験をすると興奮するたちなので、実は(オルハン・パムックの書いた)「あの」バス事故の片鱗に触れたことが密かに面白かった。思うに三島由紀夫のごとく死に演劇性を求め、なおかつ自分の人生や命などに執着がなく、できれば早く死にたくてたまらぬ人にとっては、最後に「これがオルハン・パムックの言ってた新生か…。」と思いながら死ぬのはかなり洒脱で悪くないと思う。(主人公自身『やっぱ死にたくねー!』と意外な過去生への執着を見せつつ死ぬのだが、私はそういう風には死なないはずだ)

      しかし今回の事故映像を見る限りでは、当然ながら誰もそういう様子はなく、日本人乗客たちはひたすら不幸そうで余裕が無い状態であった。打ちひしがれて、呆然とし、生きようと励ましあい、泣き叫ぶのが精一杯で、誰も精神の飛翔を祝福する様子などない。こういう凄惨な現実に対して、「ああ、夜行バスの乗客たちよ!不幸なる同胞よ!僕は知っている。あなた方もあの無重力の時間を求めていることを。ここでもなく『向こう側』でもない、二つの世界の間の安らかな庭で別の存在となって浮遊しようとしていることを。皮のブレゾンを着たサッカーオタク、君が待ち遠しくて仕方がないのは、実は翌日の試合ではない。君が待っているのは、『大事故』だ。その時君は、鮮血に赤く染められた『英雄』になれるのだから。ビニール袋からしょっちゅう何かを取り出しては口に放り込んでいる神経質な中年女。僕は知っている、彼女はその姉妹や甥や姪の所へ向っているんじゃない。そうではなく、彼岸の扉に到達するために、その命すら捨てるんだ。測量士が居る。目を開いては道を、閉じては夢を見ている。だが彼が測量しているのは、現実に立っている建物ではない。この世の全ての土地の背後に広がる『彼我の交差点』を、彼は測量しているのだ。そして一番前の席に座った青ざめた顔の恋する高校生。彼が夢見ているのは恋人ではない。事故という、あの暴力との邂逅なんだ。だから彼は乙女の唇ではなく、バスのフロントガラスに熱愛と欲望を持って口づけすることになるだろう。バスの運転手が強くブレーキを踏んだりバスが強風に煽られたりすると、僕たち乗客全員はこのような期待に思わず胸を膨らませてしまう。たちまち眼を開け、闇の前途を睨み、あの魔の時が訪れるかどうかを計る。ああ駄目だ、また来てくれなかった!」というようなことを言えてしまう「作家」というのは、やはりとんでもなく曲者で性格が悪く下らん妄想の塊なんだな、と思う。ああ、なんという残酷!Senin allah'ın yok mu?

      で、私は現実生活ではなかなか口にしない(できない)ことなので、こっそり告白すると、実は・・・実は・・・このオルハン・パムックが好きなのである。感性が近いのか、なぜか結構泣ける。(トルコ人の友人は無神経で観察眼が無いから誰も気付かないが、日本人の友人には『貴方、オルハン・パムック好きでしょう?』と見破られることもたびたびある。そう、嫌いであるはずがない!)今回ややじっくり読み直してみて、冷酷な逆説と理論の飛躍に翻弄されるのは本当に楽しかった。私は今、人生で最も長く愛した美しい者を見取り、冷たくなりつつある死体の傍らでこれを書いているが、「これが新生yeni hayatだ。」と言い聞かせると、自分の筆記と詐術に慰められる形で辛うじて平静を保てるのであった。22:20 23/11/2006 

      NOT
      あと・・・これは言ってしまおうか非常に悩むのだが・・・ひょっとしたら「そー!そー!」と共感してくれる人もいるかもしれないので、書いておく。
      彼の小説にはやたらと「オナニー」という単語がでてくる・・・気がしないか?私は女性作家の本を読むことが多いせいか、この単語をよく使う人をあまりしらない(みうらじゅんとか以外は…)。だいたい世の中には「書かずもがな」のこととゆーのがあって、いちいちそんなこと書かなくてもいいのに・・・、と思うのだが、オルハン・パムックはこの行為をまるで「食事」とか「睡眠」のようにぴょこぴょこと律儀に表記するのである。「あそこではマストゥルバスヨンばかりしていた。(女性に話すときはこのフランス語を使う)」「奴は○○モスクのトイレでオナニーしている。あの、美しい手で」「ソレ用の猥褻雑誌」「時間つぶしのオナニー」等々。私が意識しすぎなのかもしれないが、この単語が出てくるたびにちょっと違和感を感じるのもまた確かだ。あまり性的なシーンが多くないし(女性を美化しすぎるので、どことなく不能感が漂う)、性的な単語も使われないのに、なぜにこればかり?!よくわからないがトルコのナイーブなインテリ層にとって自慰は生活の一部なのさ!ということでいいのだろうか?・・・てか、トルコ人的にはどーなのよ?!と聞いてみたい気がする(そういう気の置けない友達が居ないので聞けませんが)。私が思うに、こういうことを表記する作家ってなんか「景気が悪い(笑)」感じ、というか文学青年以外には好かれないんじゃないだろーか?この人がトルコの一般民衆にあまり好かれないのもこういうこと平気で書いちゃう人だからじゃないのか?
      ちなみにこの単語は日本語訳では「手淫」となってたりした。そー言われると、シュイーーーン!という擬態語を伴って「純文学」という名の手裏剣が眉間に刺さるような気分になるのは私だけでしょーか。。。

      2006.08.03 Thursday

      せりゅーべんべんべべんべん、れつごう!

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        『NANA』(ビアン風味な深夜アニメ)の後、ぼーっとテレビを流してたら、スゴイCMを見てしまった。
        その名も「ホテル三日月」!
        で、そのホテルのプールにあるトレードマークって…まんま千葉氏の家紋だ。(ここのアクアパレスの壁を見よ!)
        その筋には有名な話なのかもしれないが、あれって「殿様商売」だったのか…?
        真相は謎だが、なんか納得するものがある。
        てか、こんなに『harakiri千葉大使』のストーカーすることもないのだが、旬の話題なので、書き記しておく。

        ところで、ポンポンスポポン・バカトルコシリーズを待ち望んでいる方には悪いが(居ないって)、最近私のなかの流行は、「武勇伝」に移ってしまった。
        それも…トルコ語でやるのだ…。

        断っておくが、トルコ語であるにもかかわらず、これはトルコ人にとってはかなり「寒い」と思う。
        (未来にこれを見ることになるトルコ人に言いたい。この先は読まないで…『私が見たスベっている日本語ブログ』とか言ってトルコの掲示板に貼ったりしないで…)
        笑いのセンスが違うのと、語感・音韻センスが違うのが原因だ。
        お笑いのセンスがまったく違うのは、相互の社会情勢をお勉強するとか関ジャニに入るとかして多少はカバーできるのだが、韻のセンスが違うのはいかんともしがたい。
        たとえば、いずれ言及することになるが、トルコ人が日本語で俳句を詠むと5・7・5の枠に嵌めて情感らしきものを醸し出そうと躍起になっている割には、ぜんぜん「なってない」。(少なくとも私は上手い俳句は見たことがない。見ることもないと思う。)内心、電気剃刀で後頭部に「ヘタクソ」とソリ入れてやりたい、と思いつつ「風流ですねー!」と誉めるしかないのである。

        (俳句ついでに思い出してしまったが、トルコに高浜虚子の孫の稲畑汀子さんという方がいらして、一日俳句教室をやったことがあった…トルコ語で俳句を読むと師匠が日本語に直してくれるという親切なコーナーがあったので、私は『yagmurda kalem satiyor bir kadin』といういい加減な句を作って提出した。すると通訳を介してお師匠様に「秋雨や濡れて鉛筆売る女」と日本語訳されて戻ってきた。お前のトルコ語センスもどーよ?って思った方、その感性は多分正しい。しかし、私はトルコ語であっても「や・あ・む・る・だ / か・れ・む・さ・とぅ・よ・る / び・る・か・どぅ・ん」という風に、何が何でも5・7・5調にしたいのである。トルコ人に言わせると、トルコ語でそんなことをしても美しくもなんともないらしい。うーだからトルコ人のためにやってないんだってば!)

        ま、それはともかく、ふとこの「インティハール大作戦」な大使の武勇伝ネタが浮かんだので、書いておく。
        でもって、これは武勇伝のリズムを楽しむものであって(楽しいのか?お前はそんなことで楽しんでるのかっ?と強く自分に訊きたい気もするが…)、
        単に声に出して読んでいただきだけなので、あえてカタカナで書く。
        (千葉家のシノビノモノに翻訳ソフト等を使って内容を知られたくないからでもあるが…)
        硬い訳だというのは承知で、「武勇伝」はseruvenとしている。

        セリューベン、セリューベン、セリュウ・ベンベンベベンベン!ハデゲル!
        アンカラダ・カルム・ゲベルッティム!
        ワイ・ハラキリ・ヤプンジャ・サンキ・カハラマン!
        ハデ・セリューベン、セリューベン、セリュウ・ベンベンベベンベン!
        カッキーン!エルチム・ヤクシクル!ペケポン!

        ・・・てか、実際書いてみると予想以上の破壊力で、動揺してしまったが(やらなきゃよかった…)、あの節にきっちり適合することに気付いて欲しい。
        そして、願わくばこれ以上の作品を生み出して見て欲しい。不審者と思われない範囲で。。。

        2006.07.11 Tuesday

        「R」と「L」のカルケドン

        0
          前回の続きです。

          餅は餅屋というか、カドゥキョイのことはカドゥキョイに聞け、と思ったので、カドゥキョイ区のHPで歴史やら、都市伝説の真偽を調べてみた。
          で、あっけなくなぜ「法官村」であるのかわかってしまったので、誰かの突込みが入らないうちに、自分で書いておく。

          それによると、カドゥキョイに人間が住み始めたのは紀元前5000−3000年のこと、今のフィキル・テペの辺りだそうだ。
          その頃は「ハルハドンHarhadon」という地名の商業的コロニーだったらしい(ハルハドン・・・意味は不明)
          その後、内陸のフィキルテペ−ハサンテペのあたりから、もっと沿岸の今のモダからヨールトチュの辺りに町自体が移動し(3m−5m海面が下がったらしい)Halkedon (銅の町)と名づけられた。

          で、前658年くらいにサライブルヌ(カドゥキョイの対岸・トプカプ宮殿のあるところ)の辺りの美しさに惚れ惚れしたビザス王が、対岸のよりよい土地に気づかないhalkedonの住人をみて、「お前らの眼は節穴かい?」、という意味を辛辣に込めて「盲人の地kalkedon」と名づけた、というような伝説が残っている。個人的にこの意地悪な王様のセンスは大好きだ。そしてこれは、最初から考えたというよりも、おそらく銅の町(=バクルキョイじゃん!)というのを「モジって」似た意味で言葉遊びをしたのだろうと推測できる。(「北海道→でっかいどー」みたいなもんか?)

          (ここで、その「盲人」をフェニキヤ人としている説もあるらしいが、年代的に変なので、むしろ、前685年ごろ入植したらしき、反デルフォイ同盟のメガラ人・ドーリア系ギリシャ人じゃないの?とも思う。)

          そして、時代は下ってオスマン時代初期、征服王スルタン・メフメットはこの「カルケドン」を、君府初の「kazi(イスラム法官)」となったジェラールザーデ・フズルに統治させた。(この人は、なんとあの有名なナスレッティン・ホジャの娘の孫でもあるらしい!ナスレッティン・ホジャはトルコ世界の『一休さん』みたいなトンチは鮮やかダヨ♪の人で、トルコ人からウイグル人まで皆大好き。)
          「カズ殿の土地」だから、この地のトルコ名は名前はkazi村→kadikoyなわけである。

          で、いつもの本題である。
          (私は薄っぺらくて微視的な人間なので瑣末なことが、むしろ本題になる。)

          つまり、このカドゥキョイ市の説明によれば、カドゥキョイの古名は、harhadonから、halsedonになったわけである。

          ここで注目したいのは、「r」が「l」に変化していることだ。(ま、h→kとかh→sはこの際、おいておく。前者は異様に多い音韻変化であり、後者はあまり類例の見られない音韻変化だ。)

          日本人が日本人たるゆえん!と言われるこの「L」と「R」問題だが、探してみると、結構ほかの言語でもこの二つの音が混同される事例、というのはある。特に外来語はそもそも未知の言葉が耳から入ってくるわけだから、混同は起こりやすい。

          トルコ語に流入した外来語の中にも「r」から「l」に変化した言葉というのは、こんなに存在する。
          ★bilâder ← birader(ペルシャ語)
          ★çalpara ← çārpāre(ペルシャ語)
          ★dülger ← durūd-ger(ペルシャ語)
          ★gerdel ← khardari(ギリシャ語)
          ★kalbur ← girbāl(アラビア語)
          ★kehlibar ← kehrubā(ペルシャ語)
          ★lombar ← rombaglio(イタリア語)
          ★maşala ← maşaray(アルメニア語)
          ★melhem ← merhem(アラビア語)
          ★pırnal ← prinari(ギリシャ語)
          ★tırtıl ← t‘rt‘ur(アルメニア語)
          ★tulumba ←tromba (イタリア語)

          これは、子音の音韻変化としては、結構多いほうだといえよう。
          だから「r」と「l」を間違うことは日本人に限った話ではなく、それ程異常なことではないのだが・・・ま、気をつけるにこしたことはない。

          しかも発音がうまくできないのはまあ、外国人としてはキュートなのだが、いつまでもその極東キッチュな発音(嘘つけ)に甘んじていると、文章を書くときにもこれを間違う。そしてそれはあまり可愛くない。
          トルコ本にも「garata塔(『地球の歩き方』)」とか「1kiro(『イスタンブール・へそのゴマ』)」と書いてあったりして、モノ悲しいのだ。

          私が見た中で、一番恥かしい…と思ったのは、江國香織氏が翻訳したこの本
          なんと、1ページ目から、「犬は高貴だ!」と誤訳しているのである。
          要は、「royal(高貴)」と「loyal(忠実)」を間違えているのだが、作者はともかく、校正とか、編集者とか、何人もの人の眼を通しているはずというのに、出版されるまで誰もそのことに気づかないっつーのが、「カルケドン!(お前らの眼は節穴か?)」という感じ。
          さらには、この本に関するどのレビューやら読書感想ブログ読んでも、誰もそのことに触れていない・・・。(読者って犬?カルケドン!)
          いったいこの本が何冊売れてるんだかしらないが、原文の英語としっかり併記されているのに(しかも最初のページで、一ページに付き一文しかないからすごく目立つ)、だーれも注意を払わないというのはスゴイ状況である。
          かくも我々は「R」と「L」の違いに鈍感なのだ。

          自戒もこめて、書きますが、もはや普通の日本人の耳にはこの二つの音を聞き分ける能力がないわけなので、通常の10倍の努力で補うしかない。アヤフヤな時は辞書をひくべし。発音の時も、しっかり言い分けるべし。


          ★追記
          ちなみに私にはカドゥキョイは「海賊版・コピー商品のメッカ」「アウトレット・タウン」というイメージがある・・・。
          テオポンポスという人が前4世紀に「カルセドンの人は昔は生真面目な人たちだったのに、後から来たビザンチオンの人々の民主主義的自由に感化され、自堕落な快楽にどっぷりつかってしまった。」みたいなことを書いているらしいが、それが、ちょっと現在の状況を髣髴とさせる。基本的には「堅気の市民」が住む町で、なんかちと小奇麗さそのものが胡散臭くて、所得の割に背伸びしている感ある…というか。しかし、実はこの地区は、超グルメタウンでもあるので、トルコ料理好きには外せないところでもある。

          この浦安のような素敵な街・カドゥキョイの中でも「庶民成金」臭くない雰囲気を持っている地域が、「モダ」というところ。
          一度上品な老婦人のアパルトマンに招待され(外観はボロボロなのに中はスゴイ)、オスマン朝時代の金糸銀糸が乱舞する豪華な衣装を着させてもらった。(舞妓体験みたいなものか。)
          この地区に住む人は昔からの名家が多いので、博物館級のコレクションが家に眠っていたりするのだ。

          あのドゥイグ・アセナ(武闘派フェミニスト)もモダ出身だと聞いた・・・一度だけお会いしたのだが、柔らかな雰囲気を身に纏い、瀟洒で美しかった(カトリーヌ・ドヌーヴをより美しく、性格よさそうにした感じ。)
          テレビで「女性がオルガズムに達したフリなどしなければならないのは、男達の責任です!」などと過激なことを言っている姿とは全然違う。私は無知で彼女に関する予備知識がなく、初対面で「アナタ誰?」みたいなことを言ってしまったのだが、「ふふっ」と笑って流してくれた。(上野千鶴子に「アナタ誰?」などと言ったら、超喧嘩吹っかけられそうだ。)
          別れ際、カンディルリの埠頭で、右手方向の海を見ながらふと彼女は、「いつ見ても海はいいわね。私はモダで生まれたの。」と青い真昼の潮風に囁いた。そして背景の波光を集め、ベージュのコートとプラチナブロンドから砂金を撒き散らすようにして、ふわりと船に乗り込んで去っていったのだった。
          (しかも私は45歳くらいだと思っていたのだが、もう60歳だそう。そして、アジダ・ペッカンのように整形の賜物ではない。美と威厳と知性と年齢が合体すると女は最強だ。彼女ならレニ・リーフェンシュタールのように100歳過ぎても曾孫の年の恋人ができるだろう。しかしこの「フェミの女神」も写真うつりは悪い模様・・・)

          ★さらに追記
          あと、このカドゥキョイ地区公式HPでもういっこ見つけたのが、この記事。(なぜか消されていて、キャッシュだけが残っている)
          ま、この記事の「カドゥキョイのカイマカム」は別人で、あの「カイマカム・モノローグス」の人ではないのだが、なんかkaymakamのよーな、内務省・警察関係者で行政職の方々は、トルコ語の統制に対し似た志向があるのではないか、と思わせるに十分な内容ではないですかい、ってことで、私は「カイマカムはトルコ語じゃないからヴァギナに怒った!」説に一票入れることにする。

          00:35 | トルコ語 | - | - | - | - |
          2006.07.04 Tuesday

          カ『ズ』・キョイのカイマカムに関する都市伝説

          0
            『V.M.―ヴァギナ・モノローグス』という演劇がついに日本上陸したらしい。東ちづるとか野沢直子とか内田春菊が出演するそーな。

            実は、私はこういうフェミっぽくて赤裸々な演劇とか映画とかがかなり苦手なほうだ。
            大昔、若気の至りでゲイ&レズビアン映画祭なるものに行ってみたときも、「レズビアン部門」の殆どがこーゆー系統で閉口したことがある。
            さらには、「男性のデリケートゾーンにつける薬」とかED治療、頻尿ケアのCMすら、同様の匂いを感じて総じて好きじゃない。

            だからこそよく覚えているのだが、この演劇はトルコでも上演されたことがある(2003年)。
            私は見に行ったことがないので(キライなんだってば)、この演劇がトルコのメディアで巻き起こした「センセーション」だけを記憶しているのだが。

            そしてそのセンセーションはこの演劇の内容、というよりは単に「ヴァギナ」という言葉をめぐってのものだったのである。
            この騒動を受け、テレビも、この演劇の宣伝する場合、ポスターを映して、ナレーションをつけない、などの「工夫」を凝らしていたりもした。
            トルコの都市部は日本以上に女性の社会進出が進んでいるので、この演劇の内容に文句をつけるのは「知識人」としてはばかられるものがあるからこそ、名前だけが標的になったという見方もできよう。
            (たとえば、この演劇を上演したのはトルコは35カ国目だったが、日本は60番目以上だったと思う。日本が今、いかにフェミニズムの氷河期かよくわかる。)

            トルコ語でも「ヴァギナ」なの?と思った方も居るかもしれないが、別にこの単語に限ったことではなく、いわゆる「性的」な単語を、自国語よりちょっと「エレガント」な言い方をしようと思った場合、日本語とトルコ語は殆ど共通だ。
            一例を挙げると「アヌス」という言葉はトルコでは医学用語でもあるので、医者がよく使う。
            (その他思いつく限り羅列してもいいが、検索にひっかかりまくるので自粛します;)
            外来語の流入の理由の一つに「性的かつ侮辱的な意味をもつ言葉をニュートラルに表現する」というものがある。
            現代ではそれは殆どの国で英語に置き換えるわけで、この「ヴァギナ」なんつー言葉は、日本−トルコ間だけでなく、おそらく世界中で通じるものだと思う。

            で、日本語とトルコ語のこれらの単語を比較した場合、どちらかといえばトルコ語のほうが、英語で表現すれば、エロを廃除できるんだふーん、と私は信じて生きてきたのだが(たとえば、日本で医者が「アヌスに薬を入れましょう」などといったら、なんか変だ。トルコ語では普通。)、結構この「ヴァギナ」という単語に過剰反応する人がいるということが分かり、この信念に「そうでもないのか?」と軽く疑念を持ったのである。

            そして一連のこの「センセーション」でもっとも有名になった人がカドゥキョイの区長ユクセル・ペケル氏だ。
            彼は、イスタンブールのアジア側、カドゥキョイで「題名が卑猥である。」と自分の管轄区での上演を禁止したのである。
            区長の発言に対し、この劇の運営委員会はこう応酬した。
            「ヴァギナとは医学用語である。恥じたり禁じたりする性質の言葉ではない。あなたの役職名『kaymakam(区長)』という単語のほうがよほど禁じられるべきである」
            (トルコ語が分からない人のために解説すると、沖縄の県知事が『ヴァギナなんて題からして卑猥だから沖縄ではこんな劇は上演させん!』と反対したのに対して、『お宅の県の湖の名前のほうが下品な名前ですから、そっちを先に禁じなさいよ。』と返答したよーなもの…わかりにくい例えで申し訳ない。)

            …という話が当時まことしやかに流れていた。新聞やテレビで取り上げたよーな気もするので(なんせ3年前の話なのであやふや)、私も最近までこれを真実だと思っていた。ところが、また最近日本上陸を祝してよく調べてみると(笑)、どーもこのユクセル・ペケル氏のご不満とは「題名がトルコ語でない。」ことに対するものであった、という説もあるらしい。

            彼は「フランス語だか英語だかで誤魔化すな。ヴァギナをトルコ語訳すれば女性性器ということではないか。トルコ共和国では発言は総てトルコ語で、明確でなければならぬ。英語でお茶を濁すのは、私の良心と合理性に反する。演劇の題名を変えなさい、そしたら上演許可を出しますよ。」と言ったというもの。(で、運営員会のほうは、「んじゃ、『カイマカム・モノローグ』っつー名前にしてやりますよ。トルコ語だし美味しそうだから文句ないでしょ!」と言い返したとかしてないとか。)

            ・・・うーむ、この説では、この区長さん、保守的どころか、超開明的な御仁ではないか。彼の言っていることはTDK(トルコ言語協会)のお題目そのまんまで、トルコ語学会的には完全に正しい。トルコ語純化計画、というのは国家の建前でもあるのだから、これは政府見解的であり、公務員の発言としてもかなり上出来だ!

            …とかなんとか言いつつ、私はだんだんこのお下品な論争自体が単なる都市伝説の類だったんじゃないか、と思い始めている。本人に聞いてみなくては、真相は分からない、というのが私の結論なわけだ。

            で、本題に入ると、この有名な(?)区長のいらっしゃるカドゥ・キョイは、オスマン時代はこう表記されていたはずだ。
            ﻘﺎﻀﻰ(あれ?何故か反転する;)

            ま、つまりkadikoy の「d」が、単なる普通の「d」じゃなくて、「z」のよーなアラビア語特有の音なのだ。
            今でも、カドゥキョイ桟橋にあるアラビア文字表記の看板を見ると、ちゃんとそうなっている。
            オスマン語のいやらしいところは発音すると同じ音なのに「アラビア語の正書法」に基づき文字をいろいろ書き分けるところである(日本語の「お」と「を」みたいなもの)。こうなると、「zevk」などという単語も、案外難しくてなかなか書けない。
            で、このkazikoyのkaziとは、昔の「裁判官」という意味なのだが、「法官村」というのも変な名前…まてよ、この街こそ、昔のカルケドン会議が行われた場所なのだから、なにか関係が?などと考えると興味は尽きないのだった。。。モノローグになってきたので、この辺で終了。

            2006.06.20 Tuesday

            文学のなかのトルコ人・その2

            0
              トルコ人が「でてきた」ら「でてきた」と書く、と言った手前、また書いておこう。(私としては半年に一度出てくるくらいか?と思ってたら、意外に早く遭遇してしまった。)
              エレミール・ブールジュの「落花飛鳥」のなかにもトルコ人が「出てき」ます。(1893年に刊行された象徴主義的形而上学小説であります。)
              単に「強盗」という役回りなので、屋敷に押しかけ、半月刀を振り回して狼藉後、討伐されて敗走する「エキストラ」ではありますが。
              しかしトルコ人を形容した台詞が結構キョウレツで、「あの犬畜生のズゴンブロめが、例のごろつきのボスニア人や、地獄の火よりも始末に悪いトルコ人の連中を集めやがったんだ!」「好色ぶりじゃトルコ人顔負け」等々。
              舞台となっている所がトルコ(オスマン帝国領)から「五里と離れていない」そうなので、トルコ人の「ゴロツキ」も沢山生息していたのでしょう。
              しかし、「地獄の火よりも始末に悪い」・・・いかにも19世紀ヨーロッパの時代の雰囲気にあった表現で、ちょっと気に入ってしまった。

              あと、主人公のロシア大公が所有する土地が「箱舟の止まったアルメニアのアララト山の近くなのかも知れねえ」とある。
              あの「アール山(アララト山のこと)」の箱舟伝説ってすでに19世紀からあったのか!
              ちょっとびっくり。

              エミン・アガの民謡、ラキ酒の栓を抜く・・・など、トルコ風味な単語も散りばめられてあって、いかにもヨーロッパのすぐ隣国がトルコだった時代の小説って感じ。

              でも、あまりに端役で書くことがないので、今回は以上。

              2006.06.15 Thursday

              マ「ド」モワゼルじゃなくってよ!

              0
                悪魔の老嬢女教師映画・・・を見てしまったので、紹介いたします。
                ジャンヌ・モローの「マドモワゼル」。1966年製作

                この老嬢は村の小学校に派遣されてきた独身の女教師で、「パリでならいくらでも居るような女」だが、田舎では垢抜けてみえ、皆に女神のように崇められている。
                その孤独(結婚していない・男も居ない)な状態は村人から「かわいそう」とか「だからこそ清い」とか言われ、一定の理解を得ている。

                で、老嬢ムーヴィーによくあるパターンというのは、孤独が「内攻」し自滅する話なのだが、この「マドモワゼル」の場合は攻撃性が外に向う、のだ。
                珍しいと言えば、珍しいパターンである。
                すなわち、彼女は村の水門を空けて洪水を起こし、放火し(無関係な村人が死ぬ)、飲料水に白砒素を入れ家畜を殺し、と、大暴れ!
                しかし、昼の彼女はストイックかつ修道女のように清らかな小学校の女教師である。ある意味、東電OL渡辺泰子の二面性よりも荒涼とした懸隔が内在する。(泰子さんは売春を初めて以降会社では怠けてたらしいし。家庭でも職場でも売春はバレていたとか。2面性が崩れて交じり合っている。対してこの女教師は裏の顔を完璧に隠蔽している。)

                また、彼女の最もイヤラシい所は「貧乏人で外国人」の生徒を厳しく虐めること。
                よく事情はわからないがその村(フランス)では「出稼ぎのイタリア人」というのが、貧乏かつマイノリティーで(我々の好きな金髪系のヨーロッパ人が黒髪の南のヨーロッパ人をバカにする構図?)、彼女はその哀れなイタリア人少年を理不尽に虐め続けるのだ。勉強ができないというならまだともかく、「ジプシーみたいに汚らしい!」とか「長ズボンを買う金がない!(金がないことを知っていながら、そこを叱るなんて、ほんと酷い)」という理由で。
                かと思うと、その少年が、自分が密かに恋した(てか、アッサリ欲情したと言ったほうがいいだろう。映画でもそういう描かれ方だ。逆源氏物語みたいに「女」のほうが「男」を透き見して惚れるのである。いかにも男が書いた脚本って感じ)男の息子だと知るや否や、露骨に擦り寄ってみたりもする。
                で、その性欲をうまく静めてもらえないと、また、少年に当り散らす。(少年は優しくなった女教師にプレゼントするためにウサギを捕まえて教室に持ってくる。上着のお腹にウサギを隠したまま授業を受けるのだが、ポケットにウサギの餌にする草が入っているのをみつけた教師にぎゃあぎゃあ怒られ、教室から出させられ、結局腹いせにウサギを丸太に叩きつけて殺してしまう。)
                本当になにひとついいところがない、悪女というより「嫌な奴」なのだ!

                ジャンヌ・モローは悪女の役ばかり演じて、またそれがよく似合う女優だが、今まで見たなかで「EVE(エヴァ)」を抜いて、私はこのキャラクターが一番キライになってしまった。
                男に酷薄な女というのは、一種のSM的じゃれ合いなんじゃないか(彼女の愛はそういう形で発露されるのだろう)、という解釈が可能だから、まだ許せる。また、内攻的で、精神崩壊を引き起こした老嬢は、結局は自分の身を滅ぼしていく運命だし、自然淘汰されて死んでいくことが多いものだから、最終的には同情もする。しかし世の中を憎んで(普通その恨みを特定の人物に投影して返上しがちなのだが)その憎悪を実際に社会に無差別に復讐することではらす女は、本当に手の施しようがない。なんせ側に居たら危害を加えられるだけなのだから・・・ま、スクリーンで見ている限りは興味深いキャラであることは確かだ。

                (しかし、もしもこの「なにひとついいところがないキャラ」が、子供も生まず、男もつくらない高齢処女な老嬢に対して、世間一般が抱いている「胡散臭い感じ」を具現化したものだったとしたら・・・ひどいのは1960年代のフランス社会の潜在意識のほうなのだが。だいたい、あまり世間を騒がせる連続犯罪の犯人が「老嬢」ということって、現実社会には起こっていないではないか?被害者であることはままあるが。逆に独身男性には「加害者」が多い気がするけど・・・)


                ところで、トルコや中東では、外人女性への呼びかけに「マダム!」という単語をよく使う。日本人の独身のお嬢さんはぷんぷんして、「あたしはマドモワゼル、よ!」と言い返してたりするのだが、あれは別に既婚/未婚をはっきり区別して言っているのではないのだから、気にすることはない。彼らは何も考えていないのだ。マダムのほうがメジャーな単語であるというだけ。
                だから、外国に行ってまで勝手に日本語の「マダム」という単語と混同するのは避けなければならない。(同じ単語は総ての国で意味まで同じなわけではない)
                できれば中東では、既婚/未婚の差より、「イスラム/非イスラム」の区別を表すのに用いられる単語だということに気づけば天晴れだ。マダムは「hanimefendi」の対義語であって、matmazelのそれではない。(と言っても旅行者がそこまで考えなくていいけど。。。要は気にする必要なし!)

                あと、せっかく「マドモワゼルよ!」と言い返しても、残念だがトルコではおそらく通じない。これもトルコ語ができる日本人もよく間違って発音している単語のひとつなのだが、トルコ語の「マドモワゼル」は「matmazel」である。

                DじゃなくてT!

                無理矢理カタカナにすると「マット・マズ・エル」という感じで発音されるので、「madomowazeru」という日本人発音とはかなり離れてしまう。こりゃ通じない。

                で、とにかく、ジャンヌ・モローの「matmazel」は胸糞悪い老嬢恐怖映画でした。お勧め!

                2006.05.10 Wednesday

                コーラにバナナ???

                0
                  お金の話で思い出したが、同じトルコ語系言語だからこそ、ウズベキ語(チャガタイ系)とトルコ語(オウズ系)には紛らわしい単語が沢山ある。
                  パラ(賄賂)とプル(金)がいい例だ。

                  ウズベキ語では金を「プル」と言う。
                  トルコ語では「パラ」だ。
                  で、ウズベキ語の「パラ」は賄賂のことで、収賄大好きな人は「パラホール(ペルシャ語?)」という。
                  ウズベキ人がトルコに行き税関でもめに揉め、「だーかーら。税金払え!『パラ』寄こせっつってんだよう!」とトルコ語でスゴまれ賄賂を渡せばいいんだな、と納得して10ドル札かなんかをコッソリ握らせ「見逃してくれよな」と言ったが「はあ?」と言う顔をされた…とかいう面白くもない笑い話がある。
                  ちなみにウズベキ語の「プル」はトルコ語では切手のことだ。

                  あと、ウズベキ語の「カルホナkorhona」は会社のことだが、トルコ語では売春宿のこと。これはペルシャ語「工場」(直訳すると『利益の家』)という意味なのだが、それがウズベキスタンとトルコでは違う意味に使われているらしい。(と、言ってもトルコでコレが売春宿を表すようになったのは意外に新しく、1980年代くらいからメジャー化したのでは?という説もある)
                  トルコのビジネスマンがウズベキスタンに行って空港で出迎えに来た人に「ようこそウズベキスタンへ!んじゃ、早速我々の会社を見に行きましょう!」と言われ、「えー、いきなり売春ですか?」と驚いた…とかゆー話をトルコ在住オーストラリア人のおねいさんが話してた。(面白くないジョークだなあ、と思わず言ってしまったら、「実話よ!」と、ぷんぷんされた。)


                  最後にこれはワタクシの話だが、ウズベキスタンのカフェでコーラを頼んだ時、「バナナは要るか?」と聞かれた。コーラにレモン、というのはよくあるが、バナナなんて入れたくない、と思い、「要らない」というと、ぬるーいコーラが出てきた。あまりにもヌルい、というか「熱い」ので(気温42度でコーラはそれ以上に熱かった!)「氷ちょうだい」と頼んだら、「さっき訊いたじゃないか。バナナのことか?バナナが欲しいのか?!」といわれ「バナナなんか要らないよ!氷がほしいの。」「だからバナナだろ?」と、延々とコントを繰り広げたことがある。。。つまりウズベキ語の「氷muz」はトルコ語で「バナナmuz」なのである。

                  まだまだ沢山あるのだが、とりあえず今日はこんなところで。

                  21:34 | トルコ語 | - | trackbacks(0) | - | - |
                  2006.05.02 Tuesday

                  外来語の見分け方

                  0
                    今まで結構トルコ語の中の外来語の話が多かったと思う。
                    しかし、トルコ語の中の外来語ってどうやって見分けるの?と素朴に疑問に思うむきもあるかもしれない。
                    確かに日本語のごとくご丁寧にカタカナで書いてあるわけではないので、判別は難しい。
                    超有名なトルコ本を書いているような人でも結構ヘイキでトルコ語のこの単語は素晴らしい!トルコ人のメンタリティをよく表している!などと「アラビア語単語」を褒めてたりするので、別に普通の人がトルコ語と外来語を見分けるのに血眼になる必要はないのだが、興味ある人のために見分け方を紹介します。

                    最も確実なのは「辞書を引け!そこにAr.とかFr.とか書いてあったら、外来語だ!」というもの。
                    が!これでは、あまりに不親切だし、いちいち辞書を引くのは面倒なので、定説をあげます。

                    1.長く伸ばす音が入っている。
                     トルコ語には「あー」という長母音が存在しない。そのことは、最近までは文字の上に帽子を被る形で表記されていたのだが、最近は殆ど廃止になっている。アラビア語のことが多いがまれに西欧起源語でも「帽子を被って」たりする。
                    この傘がないとどこを伸ばしていいのかよくわからず不自由だ。
                    「Karini bana da ver!」という手紙の文を「利益を俺にもくれ!」ではなく「お前の妻とヤラせろ!」と書いてあると誤解し、殺人事件に発展したりする…という笑い話がある。

                    2.母音調和に反している。
                    トルコ語には母音調和があるので、たとえば同じ単語のなかに「a」と「i」の音は同居したりしない。
                    母音調和していない単語は接尾語がくっついたもの(turemis kelime)でないかぎり、外来語である。

                    3.oの位置
                    2音節目以下に「o」の音が入っている。トルコ語は母音「o」というのは最初の音節にしかこない、のだ。

                    4.rやlで始まる。
                    これはアルタイ語全体の特徴らしいが、単語がrやlで始まることはない。
                    C、H、M、Vも擬態語以外ではあまり語頭にこないので、こうした音で始まる単語は外来語の疑い高し。
                    Fもまたしかり。そもそもトルコ語の音ではないらしく、擬態語以外では語頭に来ることはない。

                    5.Jが入っている
                    Jが入っていたら間違いなくペルシャ語か西欧語起源。

                    6.Mで始まる単語
                    抽象的な言い方だが、アラビア語には特徴的な「型」がある。
                    アラビア語というのはたとえばktbという子音を核にして、そこから色々な単語を派生的に作っていくのだが(ktb→kitap、mektup、mektep)、mで始まる形がトルコ語に取り入れられていることが、とても多いのだ。
                    mから始まってその型に当てはまっていれば(つまりism-i failとism-i mef'ulのヴァリエーション)アラビア語起源だ。

                    7.変な子音の組み合わせ
                    トルコ語にはそもそも以下の14個の子音の組み合わせ以外存在しない。そのほかの子音のコンビネーションがみられたら、それは外来語である。
                    lç(ölç),lk (kalk),lp(alp)lt,nç(sevinçi), nk(denk), nt(ant) rç(sürç), rk (ürk) , rp(sarp), rs (pars),rt(yırt), st (üst),şt (hişt)

                    (8).トルコ語に固有の音が入ってない。
                    たとえばI(Ispartaの「う」)とかÖとかğのような音が入っている単語はトルコ語であることが多い。でも、omur(寿命)など、アラビア語の短母音と長母音の差をトルコ語のOとÖの差で表現したような単語もあるので、あまり信頼できない。

                    とりあえず、こんなところでしょうか。
                    また思い出したら、追加します。

                    2006.03.19 Sunday

                    『うみのした』って言わいでか!

                    0
                      以前私はさもトルコでは言語改革が上手くいき、トルコ人は古い借用語を駆逐し晴れ晴れとトルコ語のみを用いて戦争に勝った!かのように書いた。
                      しかし、これはちょっと嘘である。
                      そんなことは、トルコ語の辞書を開いてみればすぐにわかることで、ざっと見ても大体半数くらいの単語は外来語であるはずだ。
                      つまり、あの運動は「トルコ人が自慢するほど上手くいったわけではない」のだが「すごく上手くいったことになっている」ものなのだ。大体矛盾点も多くて、そのひとつが、古いアラビア語・ペルシャ語は放逐しよう!と言っている割には、フランス語や英語の単語の流入にはかなり寛容だったりすることだ。要は「脱アラブ入欧」とか「勝ち馬に乗れ!」というような面が色濃く、結局はあなたたち、文化的お手本をアラブからヨーロッパに乗り換えたわけやね。という感じもする。(しかしトルコ言語協会は勿論このこと否定していて、現在はむしろ西洋語の置き換えに力を入れている、と主張している。)

                       あと、面白いことに、そのトルコ語純化運動の主立った思想的先導者はアゼルバイジャン人(ミルザー・フェトハリのことをさしているつもり)、アルバニア人(シェムセッティン・サーミーのことをさしているつもり)であり、ハンガリー人で(太陽語理論を書いてウィーンからアタュルクに手紙を送ったヒトで)あり、クルド人(?ズィヤー・ギョカルプのことをさしているつもり)だったりするのである。彼らは母語がトルコ語でないからこそ、ラジカルな改革路線を描くことができた、のかもしれない。
                       生粋のトルコ人であったなら、「ここはトルコなのだからトルコ語を公用語にしよう」という当たり前のことを考えつかなかったのかも、なわけだ。それは、日本人が「ここは日本なのだから、和語を使えばいいじゃん」とは考えないのと同じだ。最近もまた、国立国語研究所の外来語委員会が、難しいカタカナ語を漢字に直そう、というキャンペーン?をやっていた。もし、日本国民の構成のなかに一定数のアルバニア人を含んでいたら、彼らは「漢字(中国語)に直すのは無意味やないかい!」とつっこんでくれたはずなのだ。(在日朝鮮人、中国人はそもそも東アジア文化圏の人々なのでだめっぽい。)

                       だから、前にも書いたように右翼な方々(オスマン帝国支持者・宗教勢力)は「まるで日本人のように」言語改革にぐぢぐぢと反対していたのである。彼らにとって、「submarine(潜水艦)」はアラビア語で「tahte’l-bahr(バフルは海のこと。たとえば死海のことはアラビア語で『バフル・マイエ』と言う。)」と訳すと「高尚でうっとり!」なわけで、トルコ語「denizalti」と訳すのはダサカッコワル!かったのである。

                      (たとえば、オスマン人は「kucuk cekmece」とか「buyuk cekmece」などというトルコの地名すらも「cekmece-i sagir」「cekmece-i kabir」などと呼んでいたりもしたそうだ。当時の「ナウい」オスマン人にすれば、ありきたりな地名でも、アラビア語の単語に変換してペルシャ語の語法で言い直すと「おっしゃれー」なわけである(笑)。思い出すのもオゾマシイが日本人も渋谷のことを「ビット・バレー」とか名づけて一時期ウカレてたようなものである。)

                       言うまでもなく我々は潜水艦を「うみのした」と訳していない。「え〜?『うみのした』、って最新の船の名前にしては変じゃないか?」と思うのが日本語を母語とする者の正常な感覚だからだ。しかし、公用語として日本語を話しているだけの外国人なら、「別に『うみのした』でいいじゃないデスカ?難しい外国語をさらに難しい『潜水艦』なんて外国語で訳してどーすんデスカ!」という話になるだろう。それがまさにトルコの状況に近いんじゃないか…と私は思う。

                       しかし、しつこいが英語の「サブマリン」というのはラテン語系の高級語彙なのである。アメリカ人だって潜水艦のことを「under the sea」とは呼ばないのである。だから、日本人(トルコ人)にとって高級語彙である中国語(アラビア語)に置き換えるのは案外「まっとう」な話なのだ。ところでここにドイツ語が割り込んでくるとまた話がややこしくなる。ドイツ語は高級語彙をこそ自前で調達する言語だからだ。トルコ語が別にそーゆー傾向を持たないにもかかわらず、トルコ人が結果的に「『うみのした』でよろしい!と考えたのは案外ドイツ語の影響が強かったからかもしれない。でもって、「うみのした」と言いまくっているうちに、トルコ人はそれに慣れてしまい、今ではなんの違和感もないのである。(だから、実は日本語にだって望みはあるのかもしれないのだ)

                       ま、「うみのした」は上手くいった話だが、言語改革自体は完璧にうまくいったわけではなく、かなりの数のアラビア語・ペルシャ語の単語が残り、反対派だった人々は内心「こんなもんか」とほっとした、というのが真相に近いのではないか、と思われる。しかも言語改革はアタチュルクのなしたもっとも素晴らしく神聖な改革のひとつであると謳われているので、誰も「このくらいですんで、嬉しくてしょうがありません」とは発言しないのである(笑)

                      で、たまにバカで左翼的で進歩的なトルコ人は我々にこう言ったりする。
                      「日本語もトルコを見習ってラテン文字にすれば、日本はもっと発展するのに!惜しいですね。」
                      「………。」
                      コレを言った人はとても近しい友人だが、私は生涯この人間の愚鈍さを憎むだろう。(でもニッコリ付き合う。それが社交!)

                      また、熱心なイスラム教徒で、オスマン語が達者な人はこう言ったりする。
                      「日本が文字改革を経ずして、これだけ発展するという事実を我々が知っていれば、あのころ、ラテン文字改革に反対するための素晴らしい戦略的論拠となったのに!」
                      彼らにとって、膨大なオスマン語の書籍をもはや国民殆どが読めない(700年分の知の蓄積が無駄になる)、オスマン時代どころか、共和国に移行したあとのアタチュルクの演説ですら「翻訳」が行われる、という事態はゆゆしきことなのだ。

                      最後に、トルコ語を純化した手法を書いておこう。
                      1.古語を掘り起こす。
                      2.方言から拾う。
                      3.複合語、造語で置換する。

                      長くなったので、これらの説明はまた今度…。

                      00:30 | トルコ語 | - | trackbacks(0) | - | - |

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