トゥルキスタン夜話

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2007.11.05 Monday

映画のなかのウズベキスタン

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    スカパーっ子なので、いかんせん「新作」を見るのが一年遅れになるのだが、「嫌われ松子の一生」に「ウズベキスタンで青年海外協力隊になりますっ」という台詞がある。
    これが「タンザニアで井戸堀りをしますッ」「南極で越冬します!」とかだったら、私も「突然何言ってんだ、この女わけわかんね!」で済んだかもしれないが、私にとって「ウズベキスタンで青年海外協力隊になる」というのはエライ生々しい現実で、色々な場面がフラッシュバックし、それ以降「で、ウズベキスタンで何してるのさ?シャルクシノースリッキで日本語教えてるのけ?」とか「てか柴咲レベルの女がアノ干からびた国なんぞ行ったら…ぎゃああああ(コムハニー)!!」とかいろいろ考えてしまって映画に集中できなくなってしまった。

    しかしこの映画、監督大好き、出演者全員好き(特に主演と黒沢あすか)大好き、なのにイマイチ熱狂できないのは何故だろう。
    「歌手としての」中谷美紀が好きだったので、久々のお歌をスゴイ期待してたのだが…。

    (有名な話だが、中谷美紀さんは以前坂本隆一と組んで歌手として活躍していた。勿論女優業も波にノッてて、現在の柴咲コウとポジション的に似てるかもしれない。で、彼女の歌はとっても鬼気迫るものだったのである。一人称が「僕」で、繊細かつ狂暴な十代の「青い潔癖」を歌った作品が多いのだ。こーゆー歌を並の容姿の人が歌うと単に「にきび臭く」なるのだが、中谷美紀が歌うとスゴクはまる。ひょっとしたら森田童子のリバイバルに気をよくして(?)70年代に青春を過ごした中年おっさんコンビがそーゆー路線をとってみただけ、そして中谷美紀はクグツとしての役割を立派に果たしただけ、というのが真相なのかもしれないが、そんな「仕掛け」はどーでもよくなるほどに、中谷美紀&坂本隆一&売野雅勇の作り上げた「狂気の純粋世界」は素晴らしかった。

    ♪君の誇りを汚すものから
    君を守っていたい
    野蛮な街に心が
    負けてしまわないように
    偽りだらけのこの世界で
    愛をまだ信じてる
    少年らしさは傷口だけど君のKNIFE
    君の眼差しは夏草が茂る
    避暑地の空の匂い
    胸に吸い込むと泣きそうになった
    遠い夏休み想い出させる♪

    ♪あの頃の僕らが 嘲笑って軽蔑した
    恥しい大人に あの時なったんだね
    少年くさい君の 誇りが鬱陶しくて
    真心をからかったね 愛さえはぐらかして
    生まれて来なければ 本当はよかったのに…
    あの日 君に投げた 声に復讐されてる
    弱虫の偽善者は 僕の方だったよね そこから笑えばいい♪

    ♪君を土足で辱める
    悪夢から君を救いたい
    天国よりも野蛮なのに
    時々世界は美しくて
    笑った君を抱きしめると
    気が触れそうな気持ちになる
    天国よりも野蛮なのに
    空の青さに泣きたくなる ♪

    詩だけでも「う!」という感じなのにコレを美の絶頂期にある中谷美紀が歌ってたのですから、こりゃもう凄絶としか!!!
    で、私は「異性の気持ちになって歌う」という行為が全然理解できないので(何のためにそんなことすんの??ねえ浜崎さん…)、「このおっさんは実はオカマなのだ!」とか「このおねいさんは実はボクオンナなのだ!」と真に受けて聴いてしまう。百人一首の素性法師とかいう人の歌も「女心を歌った」ものではなく、当然「ホモ」だったんだ…男待ってたんだ、ということになるし平井堅の「エレジー」もまたシカリである。で・・・中谷美紀の「ボクオンナ炸裂!」という歌詞もやはりそーゆー聴き方をする。あの透明な容姿と声をもってして「ボク」と歌われた日にはビンラディンでも目がハートになって唇からキスマークがあふれ出るんじゃなかろーか…と言うわけで私はほんの少し夢中になっていたものだ。ええ。少しw)

    というわけで、中谷美紀の久々のお歌を過剰に期待していたのだが…まあ依然悪くはなかったものの「肩透かし」を食らったよーな感じだったのである。
    ゴスロリだった友人がユニクロのフリースを着て赤子を抱いて現れた!とかいうレベルのよくある話なのだが…。

    しかし、おそらくこの映画がイタくてあまり好きでないのは「嫌われ松子」のような人が身近に居たからだと思われる。

    私には実は死んだ姉がいる。
    そう、私は「愛されない姉」をもつ「愛される妹」なのである。なぜ愛されないか、といえばやはり容姿が…といいたくなるが、まあそれはともかく姉は何をやっても「痛いヤツ」だったからだ。まさに「嫌われ松子タイプ」だ。正直私にも痛いところは多々あるのだが、あの姉のお陰で「冴えてピカピカの可愛い妹」になることができてしまった。そう、(比較されるから)叶美香は「ひかえめな女」に見えるのと同じ現象である。
    姉に与えられるはずだった「愛」を独占していたばかりではない。姉は「不器用なのに行動派・自力志向」で、私は(おそらく)「要領の良い非行動派・他力本願」だったのである(てか病弱なので動けない)。
    3歳も違うのに、およそなんでも私のほうがデキるのだ。
    姉が七画の漢字を覚えようと四苦八苦していれば、私が常用漢字を全部覚えてしまう。姉がそろばんを習うのについていけば、私のほうが早く進級してしまう。姉に頼まれて水彩画に手を入れてやれば「こどもコンクール」に入選してしまう(あとでバレてふたりとも怒られた)。姉がテレビアニメ「赤毛のアン」の子供用絵本をやっと読んでいる時に、幼稚園児の私は新潮文庫でシリーズを「全巻読破」してしまう。ひょうたんの種を一緒にまけば何故か姉のだけ芽がでない(こりゃ、関係ないか。ちなみにその後、私は一時期ひょうたんにとり憑かれた。ひょうたんが好きで好きでたまらなくなり、大人になったらいつでも腰に酒を入れたひょうたんをつけて歩こうと思っていた。夢がかなわなくて幸いである…。顔も『ひょうたんのように』凹んでたほうがカッコイイと信じていたため、幼稚園時代の写真は皆ほっぺたを内側から吸引してへこませた超変顔で写っている。まるでムンクの叫びw)

    そんな姉妹を見て母は密かに恐怖していた。それはなんでかというと、当時やってた恐ろしいドラマがあったから・・・だったそうな。
    それは「素直な戦士」というNHKドラマで、受験戦争における兄弟の確執を書いた作品である。
    成績を競い合い、最後は兄弟殺しにまで発展する恐るべきドラマだったらしい。
    当時「差のある」兄弟を持つ日本全国の親はこの展開に震え上がったらしいのである。

    アラスジ→長男(東大タイプ?)は親の期待を背負って勉強一筋、毎日塾通い、成績は常にトップ。次男(早稲田タイプ?)は親に期待されてなく、のびのびと遊んでばかり。しかしだんだんヤンチャな次男のほうが、成績がずるずる落ちた暗くて性格の悪い長男より成績もあがり「見込みあるヤツ」ということになってくる。キレた長男は次男をマンションから突き落として殺そうとし、一緒に落っこちる…というような話。

    で、私はあるとき「お姉ちゃんと同じ事をする時は絶対本気になっちゃ駄目。お姉ちゃん、スネちゃうからね」と母に頼まれた。だから小学生になるころにはすっかり「手加減する=怠ける」癖がついてしまい、化け物じみた出来杉君ではなくなった。しかしそれでもやはり姉は不器用で、そのうえ「多動性」があるので、常人がどう手をこまねいても太刀打ちできない(要は松子みたいにチャカチャカ目まぐるしくいろんなことしたがって、必ず失敗するの)どうして姉は「余計なこと」を「やって」しまうのか?どうして学校で飼っている兎を勝手に家につれてきたりするのか?どうして突然窓から校庭に飛び降りようとして大騒ぎを起したりするのか?どうして弾けもしないのに合唱大会でピアノ伴奏役をやりたがったりするのか?どうしていじめられっ子の癖に生徒会長に立候補して、案の定落選して全校生徒の前で泣きだしたりするのか?どうして友達の家に遊びに行ってその家の家具を壊しまくったりするのか?どうして宝くじで一億円あたったとかすぐバレる嘘をついたりするのか?
    部屋に篭って静かに読書をするだけのおとなしい私にはひたすら謎なヤツだったのだ。(今思えば簡単に謎は解ける。要はアスペルガーだったんじゃん!)

    ある日姉は何を思ったか「あんたの名前なんか意味ないでしょう。あんたのはお父さんが間違ってつけたの。私の名前はね『出藍の誉れ』っていう立派なコトワザからとったんだからね」と自慢してきたことがある。私はニッコリして「『出藍の誉れ』って、青は藍より出でて藍よりも青し、ってやつでしょ。だったらおねえちゃんの名前は『藍』じゃなくて『青』じゃなきゃ。ま、だからさ。・・・ぴったりの名前だと思うよ、よかったね」と言ってやったら、姉はぷるぷる震えてしばらく引き篭もってしまった。
    受験をすれば姉は「絶対にあの学校に行く!」と宣言していた学校に案の定落ちる。
    なんで宣言したかというと、発端は学校行事の七夕の短冊に「私は絶対××学院に行きたいです!わたしをイジメめた人たちを見返してやりたいです!因果王報」と書いたからである。
    その短冊を姉が書いたということはすぐに皆にバレ、「オメー準会員(四谷大塚のお話です)の癖に、絶対受かる気なんだな?」と問い詰められた。
    男子に取り囲まれた姉は例によって逆切れ発作を起し「あたしの成績はどんどんあがってるもん。私は××学院に行くのッ!」、と売り言葉に買い言葉で「宣言」してしまったのである。
    ついでにこの時姉のアダナは「ギャジャリー(気持ち悪いと言う意味・姉に身体が触れたり話しかけられたりすると皆が「キモチワリ〜」と叫ぶのが常で、段々訛って「ギャジャリー」になった。当時「キモイ」という言葉はなかった)」から「インガ王」になってしまった。

    で、受験に失敗した姉は重い図体をもってしてずっしりと落ち込んだので、我々家族は全員腫れ物に触るようにしてなければならなかった。
    実はちゃんと滑り止めには受かって、イジメの連環からは逃れられるわけだからそれでいいじゃないか、という話なのだが、姉にとっては自分が宣言した学校に行く事が重要だったらしい。
    そうでなければ、「因果応報」が成就しないからだろう。
    以降、不登校にもなり(ザマ見ろ、やっぱ落ちたぜ!と囃し立てられるから)小学校の卒業式にも出なかったと思う。
    (姉が結局行くことになった学校は豊島が丘女子。豊島が丘は最近偏差値あがったけど、当時は二流校だった。生きていれば「大昔の上智大学に受かった人」のように、今頃デカイ面できたのに…と思う。やはり運の悪いヤツ。)

    中学生になってから、姉の「多動性」は少しマシになった、ってか萎縮しているような感じになった。
    多分おおっぴらにいじめてくれた(それでも構ってくれた)小学校とは違い、その学校ではあーゆー痛い人は「フツーに」無視されていたのだと思う。
    姉はなんだかダルそうになり、ぼーっとすることが多くなった。

    でも外の世界ではこれ以上ない地味女で通ってるくせに、姉は思春期になると家のなかでたまに「発狂」し、家族にあたってくる時があった。
    勿論一番とばっちりを受けたのがこの私だ。
    体格において大いに劣る私は単純暴力だと絶対に姉には勝てない。(運動神経は悪いのだが、とにかく「重い」ので、逃げ回れない部屋のなかで体重をかけてのしかかられるともうお手上げ)
    何故か正座させられて、ノートや定規で殴られながら何時間も「アホの」姉の支離滅裂な説教を「拝聴」させられるのである。
    これは本当に耐え難い拷問で、「ああ、早く終われ、終われ」と思ってひたすら見つめていた当時の絨毯の模様なんかを今でも私はハッキリと思い出せる。
    だから、このころは異様に長く風呂に入っていた。身体にコンプレックスのある姉は私と風呂に入ろうとは絶対にしないからである。
    風呂に居ればとりあえず安全だ、と思うから夕食がお開きになったあとは、なるべく風呂に居る時間を引き延ばして「時間稼ぎ」をするのだ。
    姉の説教の内容は常に理不尽だっただけに、もうよく思い出せない。確か「あんたは、布団の中から世界を動かそうとしてるんでしょ。そこに寝ているだけで皆を操ろうとしているんでしょ!そうは行くかああ!」というようなことをしょっちゅう言っていたとおもう。
    私は姉の居なくなった部屋で「あたしだって好きでこんな風になったんぢゃない」と呟いて本の「ぺえじ」に涙したりするわけだ。

    で、私は幼稚園のころの母の戒めを忘れ、「うっかり」姉の行きたがっていた中学に受かってしまったりする…そう、姉はそれを恐れてあれほど私の勉強時間をなくすべく妨害していたというのに。
    そして…嗚呼、その後の修羅はもうここには書けない。


    ・・・という脳内設定があるので(のうないかよ!?と自分で突っ込んどきます。いや、死んだ姉は実在して、変に呪縛されてはいるのだが…)、病弱な妹の首を締めて家を出て行く迷惑不器用なアスペルガー(気味)女の話にあまりノれないのである。
    ましてや「そんな神なら信じてもいい」って「ありえないだろ?!」と思う。
    東電OLを「泰子観音」とか「堕落のマリア」とか言ってあがめるナイーブな人々と同じ匂いを感じる。(仕事もロクにしないで年収1000万円貰って夜はせっせと売春している拒食症中年女とオトモダチになれる人間なんて居るわけない。…実際友達になんかなってみろ、絶対我慢できないから!と思う。拒食症の人って異常にケチでプライド高いんだよ…。)

    とにかく数ある老嬢自滅ムーヴィーのなかでもイマイチぴんと来なかった。
    しかしそれでも以前書いた「イヴの秘かな憂鬱」とかより全然面白かったりする。最近の邦画はスゴイ。


    NOT
    で、「トルコ」だが、この映画ではソープのことをきっちり「トルコ」と言ってる。バカトルコ(なつかし)です。
    私は実は「トルコ」というモノをこの映画で初めて見た…ような気がする。

    ところであの松子がやってた「泡マッサージ」は誰がやっても他人を気持ちよくできる必殺技だと思う。
    私は某ホテルで調子に乗って、観光客にソレをやってあげたことがあるが(そのホテルは何故か日本人が少ないので外国人女性にだけ。)異様に大好評を博し、この世で一番マッサージの下手な私ですら他人を気持ちよくさせられるなんて泡って偉大だなあ〜、と感動したものだ。

    どれくらいマッサージが下手かというと…私はMに作文を提出したとき「可愛い猫をこすりました」と書いた。
    Mは笑って「猫はこすらないわよ。『猫を撫でました』でしょ」と訂正した。
    私は真顔で「違いが分かりません」と言ったとさ。
    処女(しつこいけど、こう書いてオトメと読め)のMですら「そ・・・それはいかがなものかと。」という感じで「どんびき」してたものだ。
    そんな私ですら、あの「ターキッシュ・バブル(嘘。単なる石鹸の泡)」を手にすれば、あら不思議!超絶ゴッドハンドの持ち主になってしまうのである!
    淫靡なイメージが伴いがちな技だが、実は超健康的な行為なので(当たり前だ。多分造顔マッサージの田中さんも推奨してくれると思われる)、マッサージ下手で下手でしょうがない人は真面目に試す価値アリだと思う。とにかく泡を思いっきりもりもりたてればOK。

    ☆用意するもの☆
    古いTシャツ
    バケツ
    石鹸
    シェズロン(ガーデンチェア)

    さあ、頑張れ。(不親切なブログだな〜)

    2007.03.03 Saturday

    このごにおよんでびずあるで黒ろりなのだ

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      宣言したからには行かねばなるまい、ということで、重い腰をあげてライブに行ってみた。
      海外では全く行っていなかったので、およそ10年ぶりということになる(最後に行ったのはこれまた全然好きじゃなかった売れる前のシャムシェイドだったよーな。なんで好きじゃないのに行くのかな・・・。)。ライブのみならず自腹を切って映画以外のものを鑑賞する、というのも10年ぶりじゃないだろうか。なんだか常に「ご招待」で、別に興味もないバレーとかオペラとか宇宙ダンスとかクラッシックとか踊りの皇帝とか落語とか剣道、居合い、くるくる坊主の踊り念仏などを脈絡もなく見ていたものだから、正直「見物料」を払う、ということ自体に新鮮味を感じたくらいだ。

      しかし、10年ぶりに、20歳以上はちょっとどーよ、とされる所に足を踏み入れるのは本当に勇気がいる。
      金を払ってまでなんでこんな苦しい思いを・・・という感じだ。老醜、とか老害、とかいう言葉がぐるぐると頭をよぎる。でもくじけてたまるか、わけの分からない民俗音楽を聴いて悦に入っている自分が嫌、これも修行!修行!と覚悟を決め、ライブ会場に乗り込んだ。

      でも、思えば実はバンドやってる本人たちと私はあまり年は変わらないのである。ま、彼らもいい年こいてバンドやってていろいろ考えるところはあるだろうし(全ての文学が書きつくされたよーに全ての歌も歌いつくされていると思う。)、遊び相手としてなら自分の子供であってもおかしくないような(14歳の父母とかであれば・・・)ガキドモもいーかもしれんが、リスナーとしては同年代の大人も居て欲しいのではないかな?、などと都合よく考えることにした。(そーえいば、シャムシェイドのベースも私よりずっと年上の伊藤かずえと結婚したのだった!)

      私の行くライブは何時もそうなのだが、いわゆるちょっとビジュアル系、のバンドである。
      別にそーゆー趣味は全然ないのだが、単純にファンに男が多いバンドは勘弁なのだ。女性のステージが見たくともそーゆー所には男が多い。繊細な私は男の汗とか唾とか鼻水とか体液とかが飛沫となって飛んできたりすることを想像するだに、足が竦んでしまう。だから、単純に客席女子率の高い「いわゆる」ビジュアル系に突撃してばかりなのである(なんたる理由・・・)実は音楽音痴な私が「見たい」のはローティーンの女の子がきゃいきゃい跳ねているような奴かもしれず、それはすなわちAKB48とか℃-uteかもとも思うのだが、いかんせんファン層がヤバすぎて近づけない。。。(てか、若い女の子が好きな奴、というのは絶対に「ババア」がキライだから、私が闖入してはむこうも迷惑だろう。)

      で、ライブだが、これがまた結構感動したのだ。なんというか、マヨネーズかなにか皮膚感覚的に気持ち悪いものにすっぽりぬっぽり包まれる快感、というか。いや、とにかく気持ち悪いのが気持ちいい、気持ちいいのが気持ち悪い、という矛盾した高揚感に浸され、皆が「○○ー!」「××さあん!(何故か今の子はさん付けするのね。)」とか叫んでいる時、気がついたら私も絶叫していた。

      「キモィーーーー!」と(笑)。

      (ライブの時、とる行動というのも私はデタトコ勝負、というか、気がつくと、その場のノリで自分だけ変なことをしている。以前やっていたのは友人から「お縄頂戴」と命名されていた行為で、何故か両方の手首を合わせて演者wに向けて差し出す、というものであった。アレは一体なんだったんだろー??しかも私はリズム感が最悪に悪いので、常にへんなノリである。思い出したがウズベキスタンで舞踏会みたいのがあって、全然踊れないのに「シャルウィーダンス?」って感じにロシア人紳士に連れ出されたときも、ぎくしゃく跳ねて顰蹙を買った。その場で「かえるちゃん」というアダナを付けられた。私は視覚的な美意識は割と優れているが、聴覚的な美意識はゼロに等しい。カラオケでも『音符上に気楽に逗留できないのであります!』と言い訳する。「はああ?なに?とーりゅー?つまり音痴っすか?」という顔をされる。…その通りです。)

      でも、なんだかんだ言って一番面白かったのは…ファンの小娘ウォッチングである。
      世の中には物凄く容姿に恵まれない人が居て、そういう人がデコラティヴな方向で気合いれてしまうと、大変なことになるんだな、ということを教えてくれる貴重な場、と言ったらいいか。。。いや、私自身もカナリどーかと思うのだが、その「不思議」ぶりでウズベク社交界を震撼させた私ですらも(嘘だっつーのw)、敵わない人々が世の中にはイッパイ居るらしい。(いわゆるドスロリってヤツか?)
      あと、いかにも友達がいなさそうな「いじめられっこ」っぽい孤独な乙女とかも非常に気になる。「そしてなんで君はそこに座り続けるんだい?なぜに一人ぼっちなの?良かったらおねいさんがお話聞いてあげやう」とか話かけてみたくなるが、宗教の勧誘かと思われたら困るので、やめておいた。

      とにかく楽しい夜だった。またいこ。


      ♪トモダチだった君を 好きでも無駄と知っていたから 
       トモダチだった君に 欲情したのが嫌だったから 
       去るがいいよと 君を傷つけた
       『綺麗なあたしを餌にして 男を誘っているなんて ブスは心も醜いわ』
       
       やがて傷口 化膿して そこに毒薬塗りこんで 死ぬ気になるまで罵倒して
       愛を 愛だと 言えぬばかりに 心を壊した私には 狂った君が残された
       今はベッドで ただ花を食う・・・・・・・・・・・月のひかりを 肺に満たして 
       虚空にふたり もうふたりだけ 背中あわせで 冷たくなるの
       
       トモダチだった君が 私のものにはならないのなら
       トモダチだった君よ せめてどこにもいかないで・・・・・・・・・♪



      NOT:思い出したけどウズベキ社交界(?)っつーのは、でもまたスゴイんだ。ウズベク人の中年男性が連れてくる女の半分くらいが娼婦っつーか、愛人だったりするんだ。本妻はガキと一緒に家で寝ていて、どんな公式なパーティーにも平気で愛人と来る奴がいっぱいいるんだ。で、私も胸なんかあいたドレス着て、髪をもりもり結い上げると間違いなく娼婦に間違えられるんだ。おいくらとか訊かれるんだ。だから地味なパンツスーツとか着て大人しくしてたほうがいいんだ。

      2007.02.22 Thursday

      萌えない眼鏡

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        前回何の因果か「Mの妹について書く!」と予告したせいで筆が止まってしまったのは、よく考えたら、この人のエピソードを書けば書くほど、「私はいかにMの妹が嫌いか」を表現することになってしまうからだ。
        Mの妹、グルグル眼鏡のM´(アラビア語のvezinがMと同じ。vezinというのは、tesekkurとtesekkulのように単語の構造が同じこと)はホントーに私とウマがあわなかった。
        だいたい、私は自分が「好きな人」の家族やその周囲の人間を愛したことがない。
        気の合う友人の姉妹は嫌いだし、恋人の親は憎悪しかしないし(恋人は帝王切開で生まれた人じゃないとやだ、とか思っていた。ある種異常な潔癖。)、懐いた人間の配偶者なんか顔を見るのも嫌だ。
        好きな人の飼っているペットすら嫌なくらいだ。(何故かちっとも可愛くない小動物を飼っている事が多い!捨てちまえ。)
        友達の友達、というのとも絶対に気が合わない。
        気難しい私の「好きな人」など本当に貴重なのだから、その周辺に「もうひとり好きな人」が存在する可能性などなきに等しいのだ。
        「好きな人」は、確率的にバラけていてしかるべきで、金鉱じゃあるまいし、ある人の周囲に好きな人が固まっているということはまずない。

        でも、なるべく感情を交えず、ざっとこの人の輪郭を描いてみると・・・、
        とにかくMの妹、というのはウズベキスタンには珍しい女性心理学者なのである。
        彼女は「ジャーナリスト心理学」とか「犯罪心理学」とかかなり面白い分野を専門にしているため、よくテレビにひっぱりだされている。
        なにか犯罪や、心理学的な背景のある出来事が起きたときに「これは心理学では○×現象としてよくしられる、一種の自罰代償行為でございまして、広くは…」などと解説してくれるのである。
        以前彼女が出ている番組を全部まとめた「ビデオ」なるものを「薔薇子」叔母さんの家で、見てみたが、総じて発言内容も香山リカよりは胡散臭くない、と思う。

        (薔薇子叔母さんというのは、Mの親戚。毒舌家。ケチなだけあって小金もち。ビデオデッキを持っているので、ビデオを見たい時はこの叔母さんの家に行く。得意技は『きのこ狩り』の話を長々とすること。ロシア人は皆キノコ狩りが大好きだ。しかもよく森で道に迷ったり、毒きのこ食って死んだりするので、珍体験はつきない。でも叔母さんはウズベキ語が下手でロシア語でしゃべりたがるので、ロシア語が出来ない私にとってはこの長話を聞くのが苦痛でたまらない。Mは「この人が退屈がるから、ウズベキ語でしゃべってあげて」と言ってくれるが、話が白熱すると必ずロシア語になってしまう。)

        こう書いただけでもいかにも面白そうな人物なのだが、(中央アジアのど真ん中で前人未踏の心理学の分野を極めている老嬢なんてとんでもなく興味をそそられるではないか!)これが…どっこい・・・(うーむ、なんて書こうかな。)

        つまりは本人こそ軽く「神経症?」、のようなわけなのである。
        一番優しい言い方をすると?「マッドサイエンティスト」的である。
        本人がどう自己分析するかは知らないが、ホントーに他人の心理というものを全く意に介さないヤツなのである。
        余りにも心理学を極めていると、もう、他人が何を感じるかに配慮すること自体がアホらしくなるのだろうか?
        とにかく、おどおどして控えめだが、他人の心に敏感なMとは似て非なる、鈍感かつ不敵な老嬢で、思い出すだけで心穏やかでなくなる。
        ま、その無神経な妹を憎む私がMを挟んでいかに火花を散らしたか、という話はかなりエグいのでやはり書くのは止めて置こう。
        (アレがいわゆる「私のお姉さまをとらないでっ!」状態というのだろうか・・・。)

        しかし、彼女の眼鏡については、どうしても書いておきたい。
        昔、旧東欧圏とかロシア圏とか行った人なら、誰でもそう思っただろうが、とにかく「東」の人間の格好は「変」であった。
        垢抜けてない、というか洗練されてないというだけではなく、「流行おくれのものがなにやら得体の知れない突然変異を経て現在に至っている」感があった。
        中でもとりわけ「冗談のように」変だったのは、眼鏡だ。
        かけている本人達はフツーのオバちゃんとかで、別に奇をてらっているわけでもなんでもないのだが、私の目にはとんでもない逸脱に見えた。
        とにかくデカイのである。60年代くらいに流行った「トンボ眼鏡」という奴が「進化」したものなのだろうか?
        顔の半分を隠すように馬鹿デカいフレームに、まさに牛乳瓶の底、のようなレンズが嵌っている。
        眼が小さく見えるどころか、眼があるのかないのかすら渦巻きの中に隠してしまうレンズである。

        今、日本では「眼鏡萌え」というのがよく取りざたされているが、その「萌え系眼鏡」の対極に位置するような眼鏡、それが「共産圏眼鏡」なのだった。
        あの共産圏眼鏡に「萌える」ことができたら真の眼鏡マニアである、と思う。
        Mの妹がかけていたのは、その典型的な「共産圏眼鏡」だった。
        それで平気でテレビにも出演しているし、まあ、その時にはそのほうがいかにも学者っぽくていいのかもしれなかったが、「これじゃあ縁遠いのもむべなるかな・・・」と私は内心思っていた。(イスラム圏では女性美を隠すためにベールを着けるとか言うが、色気を隠したいならむしろあのグルグル眼鏡をかけるべきである。すっごく萎えること間違いない。)
        で、私はそのグルグル眼鏡の妹と長い間「冷戦」を続けてきた。

        最後にMと会ったとき、私は使い捨てのコンタクトレンズを「ホラ、こんな便利なものがあるんだよ」と見せびらかしたら、なぜか妹・M’が興味を示した。
        その時はもう「共産圏眼鏡」をかけていなかったのだが、レンズは十分厚くまだまだ「目指せ東大一直線」な感じであった。
        そして彼女はふいに「私もそれ、使ってみたい」と言って眼鏡を外したのである。
        するとなんと、信じられないくらい美しい大きな眼が!
        大きいばかりか、猛禽類のようなきりりとした鋭さを持ち合わせ、とても綺麗な鳶色の眼である。
        こんな美しい眼を、あの牛乳瓶レンズはブラックホールのように渦巻きの中に吸い込んでいたのだ。
        実はこんな素敵な顔をしているのに、この薄暗い20ワットの裸電球の下、あんなに酷い度数の眼鏡が必要になるほど勉強して、結婚もせずに薄ら寒い大学で働いてるんだな、と思うとなんだかちょっと悲しい。
        私は一瞬心が揺らいだが(眼鏡を外さなかったら一生この人を可哀想とは思わなかったはずのにw)、次の瞬間「あ〜!どーも見覚えがあると思ったら、アンタが今かけてたの、あたしがMにあげた眼鏡じゃないの?!なんでアンタがかけているのよ!?」とやってしまった。
        妹も「姉さんが私にくれたのよ。一旦あげたんだからアンタには関係ないでしょ。」と言い返す。
        「アンタの手に渡ると知ってたら、最初からあげなかったわよ!ちょっとM!勝手に何でも妹にあげるのやめてよ!あたしは先生に使って欲しいの(コイツに使われるのは嫌なの)!」「いいじゃないの。M’のが似合うわ。」「もう私の度数でレンズつくっちゃったもの。残念でした。」「キー!!!」…

        …とにかく、小姑M’と私は仲が悪い、というお話でした。

        2006.10.22 Sunday

        トルキスタン音楽について。

        0
          かつて私は現在とは全然違う音楽を聴く人間であった。
          洋楽ならスミスとかキュアーとかスージー&バンシーズ、アズテック・カメラといったメジャーどころに始まり、「elレーベル」モノが総じて好きで、邦楽といえば・・・こりゃまた主に「トランス」系、たまに「ナゴム」系のインディーズ・バンドばかり聴いていた。(好きな映画はデレク・ジャーマンとかピーター・グリーナウェイ、クローネンバーグというサブカル少女ぶり、好きな本は・・・あまりに恥ずかしくてかけませんが大方の予想通りだと思います。バタイユやクロソフスキーはともかく夢野久作は読んで「いない」事だけが救いでしょうか。)
          「トランス」が分からない人は、アサイラム、北村昌士(合掌)、ZOA、ソドム、幻覚マイムというキーワードで検索して欲しい。(ナゴムは、有頂天のケラが作ったインディーズ・レーベル。筋肉少女帯とか後の電気グルーヴとか田口トモロヲのばちかぶりが所属。)
          80年代後半のサブカルに詳しい人なら、「へー、トランスギャル(当時はそういう言葉がありました・・・今のトランスとは違います。)だったんかい!」とピンとくるかもしれない。しかし、実はギャル(当時のギャルは20歳前後だった気がする)というには微妙に年齢がズレているのである。私は中学生(12歳〜)くらいだったからだ。そう、「トランスギャル(ナゴムより年齢層が高い)」の中では最年少だったのである。同じクラスの子は中学生の癖になんと10歳もサバを読んだりして、「ギャル」として振舞ってたりもしていたが(実は同い年なのに、ライブではいきなり超先輩ヅラされるという・・・)、私は到底サバ読みができる外見でもなく(超童顔)、酒も男も大嫌いで、ひたすら無意味な「ガキ」であった。さらには音楽すら好きでなく(←?!)踊るのなんてもっと嫌いで、新宿ロフトの白黒の床にうずくまって鼓膜が破れそうな「爆音」に耐えていているだけ。つまりは、1ドリンクと拷問を抱き合わせで2000円で買い、時間をドブに捨てていた、といってもいい。日々そのものが『ピノキオルート964』である。(…史上最凶の糞映画。中野武蔵野館にて上映。とにかく音がウルサクて死にそう。頭にきた私は友人にかたっぱしから薦めまくった。はい、悪魔です。そのうちの一人の真面目君は余りの轟音に本当に失神して、たまたま来ていた監督自らに介抱された。せりゅーべんだ!)内心、あー、ウルセー、もうこんなところに誘ってくれるな、悪友よ、嗚呼しかし夜は蛇よりも長く、他に朝まで何をしていいかわからないなあ・・・と思っていた。格好だけは見事に黒ずくめで今で言う「ゴスロリ」もどきで、腰まである髪をツインテールにして黒レースで飾りたてており(邪悪なセーラームーンのよーだ。)、100m先から見ても「インディーズが好きそう!」な感じではあったし、フールズメイトを毎号買って丸暗記し(例えばハナタラシの山塚アイちゃんて飲尿やってんだって〜というよーなトリビアをここから仕入れる)、池袋西口のマニアックな「貸しレコード屋(笑)」に通いまくったせいで多少は「詳しかった」のではあるが、本当は冷めまくり、というかバンド自体に「どんびき」している。言ってみれば、偽バンド少女である。当時の誰かの名言に「トランスギャルって××××臭くて、ナゴムギャルってションベン臭えよ」というのがあるのだが、私も回りを見渡しては全く同じことを感じており、どこかで「うう。こいつらと一緒にされるのはまっぴら。」とも思い、「やってこい!やってこい!陶酔の時!」と心密かに叫んでいた(笑)
          そう、今思えば、居場所を間違えていたのである。・・・まだ私が幸福でからっぽで、誰にも愛されず、暇で暇でしょうがなかったころの話だからそれも許されたのだが。より詳しい情報→http://page.freett.com/cyberangelo/amadio-gothic5.html

          ところが、私は学校では既に「インディーズ好きの人」、ということになっており、友人ドモは「○○ちゃんがバービーボーイズとか聴いてるくらいで、ちょっとマイナー通ぶってたけどさあ、うちらから言わせればちゃんちゃらおかしいよね〜」などと言ってくるような「サブカル選民」な雰囲気で、「そういうこと言うお前が一番痛いんだよ!売女め!」と心の中でしか言い返せない私は、もはや悲しいかな、小学生の時のようにベストテンやトップテンや夜のヒットスタジオを見ることも、サザンの「レコード」を買うことも、適わないのだった。(だから異常にメジャー音楽に弱い。カラオケも全く歌えず。今では「あなた余程真面目だったの?」と言われる。「違う、あたしは貴方がおにゃん子聴いてる時に、イカ天前夜の爆音の荒野を疾走してたのだああ!」などとは口が裂けても言えないので、「ハイ、真面目にお勉強三昧でしたv」と答えている。)
          かくて私は、自分なりに心地よい音で、しかも周囲に恥ずかしくない音源を捜しはじめるのである。(なにやってんだか。。。)

          そして戸川純のゲルニカ、というまた「アレ」なとっかかりから、私は1920年代〜レトロというジャンルを発見するのだ。
          つまり、マレーネ・ディードリッヒや、李香蘭、笠置シズ子などを聴いていれば、まあ、体面も保て、聴くに耐えない演奏でもなく、ライブにも行かなくて済むのである!
          私は「ふはは、ついに勝ったぞ。(何に?)」と喜んで、芸者の歌や軍歌を含めその手の音楽をしばらく夢中で聴いていた。(ついでにこの頃から吉屋信子も読み始める。嶽本野ばらのおかげか最近ブレイクしているが、私は生粋の同性愛者の癖になんでこんな生ぬるい話書くんだろうと不満だったものだ。)
          しかし、ある日ディードリッヒの初期の歌を聴いていて突然気付いた。(初期のディードリッヒは後の退廃ムードとは違い、実はきんきんのアイドル声なのだ。『困っちゃうな』の山本リンダって感じ?つまりマレーネの退廃っぷりは小倉優子同様単なる演出なわけで、これはこれでかなり萎える。。。)
          これって、昔の人にとっては「光ゲンジ(ま、今で言うKAT-TUNね。)」を聴いているのと変わらないんじゃ・・・という事に!
          つまり今でこそ、戦前の音楽はマイナーであるけど、当時のディードリッヒや李香蘭なんてメジャーもメジャーだったのである。
          猫も杓子も聴いていた音楽だったはずであり、当時で言えば、「倖田來未」とか「浜崎あゆみ」なわけだ。
          私が当時生きていたなら、絶対にマレーネ・ディードリッヒなど「恥ずかしくて」聴かなかったはずだ。
          なにゆえ「今」それを聴く・・・?
          なんだか、白けてしまい、その後私の嗜好は結局メージャーすぎずマイナーすぎずなバンドに落ち着いていき(グニュウツールとか。)、さらには海外に住むようになってからは「現地音楽」のみを聴くようになる。

          しかし、私は最近になって、レトロ音楽と同じことがトルコ音楽だのウズベキ音楽だの聴いてる人にも言えるなあ・・・と気付いてしまったのだ。
          そう、レトロ音楽が時間軸をずらしただけのメジャー路線なのと同じで、「マイナー国」音楽は空間軸をずらしただけのメジャー路線だからだ。
          洋楽とかなら「ちったあ気の効いた」音楽を聴いてたような人が臆面もなく「カザフスタンの超メジャー歌手」とかを聴いている姿は・・・結構痛い。カザフ・ポップスだから許されると思ったら大間違いだ。てか、がっかりだ。ベルベット・アンダーグラウンドとかニューオーダーとか聴いてた人が、プッシーキャットドールズやV6も大好き、なんてそもそもありえない話ではないか?(あ…アリなのか?私が知らないだけで。)
          何故国が違えば(しかも英語圏とヨーロッパじゃだめらしい。インド、中東、中南米、東南アジアがヨロシ)よし、とするのか、理解できない。
          「周囲の人と違うもの」であればなんでもいーのか?!歌詞が分からなければいーのか?

          その昔私の洋楽コレクションを見た親戚の叔父さんが「我(わ)も若え頃はあっつの音楽聴いてたもんだが、今は演歌ばっかすだな。もう一遍聴いてみでえな。(青森訛)」と言ったのを覚えている。私は「こんなオヤジには演歌のが似つかわしいじゃん。無理すんなよ。」と思ったのだが、最近のおっさんは演歌に向かうのはさすがにデコトラ運転手みたいで恥ずかしいから、民族音楽に向かう・・・んじゃないのか?思えば特にイスラム圏とインドの音楽はくねくねしていて演歌に似ている。老いた血が求めるものと、「周囲に公表しても恥ずかしくないもの」のギリギリの折り合いが「トルキスタン音楽」なのでは?、と疑ってしまう。
          まあ、あくまで常にメジャーを追うタイプの人ならいいのだが(良い例→マドンナが好き。平井堅が好き。タルカンが好き。ユルドゥズ・ウスマノヴァが好き◎筋が通ってます!)、多少なりともスノッブ気味だったはずの人が下手なトルコポップスとか聞いてたら・・・やはり加齢臭が漂う。「ハルマゲドンよやってこい・・・毎日は日曜日・・・灰色の静寂」「そして僕等は太陽が昇るのを見る、深い緑の海の端から・・・」などという繊細な音楽を聴いていたはずの人間が、「りんごほっぺの娘っ子にぶちゅうっとやりてえよおおお♪あの子は村一番のべっぴんさん、朝まで踊ろう♪それそれ!」みたいな、一番と二番の歌詞が同じだったりする歌で満足するわけがないでしょーよ。(ま、こんな田舎臭い歌もなかなかないけどね。)くだらん偽装やコケオドシは結構、中年の自意識なぞ感知したくもないし、だったら素直に北島サブローや氷川きよし聴けばあ〜?、と毒づきたくなる。

          ま、(信じられないかもしれないが)これらは全部「自己批判」でもあり、私も勿論!勿論!トルコ・ポップス、ウズベク・ポップスを始めとする「トルキスタン音楽」「シルクロード・アーティスト」をずぶずぶと聴いていたのだ。
          そう、どこからどう自己分析しても、これは老化現象以外のなにものでもない。
          何故なら、私はそんなもの、好きでもなんでもないから。(そう、好きじゃない。これ重要。)

          今日からやめよう。
          さて、ライブに行くぞ!

          ♪接吻は理科室で 私によく似た女の子と 同じでなくては愛す価値がない 血の色の 夕日に溶けてもずっと続けて 嫌われ者の貴方が好きなの・・・・・・・・・・♪


          NOT:
          そんな私にも唯一ちょっと好きなインディーズ・バンドがあった。
          それはRAPというパンク・バンドである。
          最近まで、ネット上にも全く情報も転がってなく(今見たら転がってた!)、もはや私の手元には音源もなく、アレは幻だったのか?・・などと思いつつ「は〜るか太古の御伽噺に!今続きを与える〜わ!」などと私は一人ぼっちで、世界各国で細々と歌い継いできた(演歌歌手か!)。
          私は物凄く音痴なのだが、もう、RAPの曲は自分の頭の中にしか存在しないので、しょっちゅう歌ってないと忘れてしまう、と思ってしぶしぶ歌っているのである。
          中東の遺跡などで「蘇れ、バビロニアの戦士よー!」とか「イシュタルの胸の中!」などと歌うと本当に感無量になり、「皆様(RAPのメンバーのこと)に支えられて、不肖わたくし、ここまでやって来ました!」という気分になる。(やはり演歌歌手か?)
          私はペトラで歌い、バスラで歌い、ウガリットで歌い、ハランで歌い、マルディンで歌い、ムカーウィルで歌い、カズベキで歌い、テルメスで歌い、火焔山で歌った。

          一度だけ、「GIG」の後、ボーカルのルージュさん(当時は本名が紅香だと思ってた)真紅の薔薇を渡したことがある。
          その時私は「あの、今日、友達が来られず、このお花渡すように言われたので、渡したのです。」などと誤解されるようなことを言ったのであった。ふがいない・・・。ルージュさんは「どの友達かなあ?ま、ありがと。」という感じ。(私が彼女の立場だったら「あんた、友達の代りに嫌々来たの?」くらい皮肉を言ったかもしれないが、ルージュさんはそういう人ではなかった。)覚えてないだろーな。それでも、私は「やってきたのか?陶酔の時が!」などと思い込み(単純)、なんだか嬉しかった。それこそNANAにおける「ミサトちゃん」気分になったものだ・・・。
          大体、『偽バンド少女』で友人から誘われない限り一切ライブやコンサートに行かない私が一人でライブに行ったのはおそらく後にも先にもRAPだけだし、花束など渡したのも生涯でただひとりROUGEだけなのだ。
          私なりに微かに「入れ込んで」いたのだろう。
          (ミーハーっ気がない私はファン行動を含め、そもそもあらゆる芸能文化が苦手だ。これから花束を渡さねばならぬ機会に多々恵まれたとしても、それは義務としてであって、心から誰かを讃えて花を贈りたくなることなど死ぬまでないに違いない。)

          でも、完全に崇拝していたかというとそうでもない。曲は好きなのだが、歌詞に出てくる「子宮(ヒステリア)」とか「子供」とか「エコ」というテーマが大嫌いだったからだ。それは当時の私に言わせれば「主婦的な」「左翼的」感覚で、常々気持ち悪いからなるべく考えたくない、としていることだったのである。つるつるのアンドロイドとなって無機質な世界を上手く渡りたい私にとって(隠れ進学校に通う私はまさに高値で売られたい子供達のうちのひとりだった。ルージュさんはそういう画一的教育システムに異議を唱えているらしき人だったので、そもそも志向は反対。私は実は『人形になりきり』たかったのだ。当時のヒット曲I Wanna Be a Toyというくだらない歌の内容そのまま。)、世界とは所詮ディズニーランド並に薄っぺらな書き割りに過ぎないし、「一億円位貰わなければ男とは寝たくない」のだから生殖や母性など永遠に無縁の話でしかない(・・・一億円も出す奴居るわけないと、当時はタカをくくっていたが、実は腐るほど居るのだ。叶恭子先生のように10億円と言えないところがコドモの浅知恵である)。
          なんでスージースーよりもずっと綺麗な人が、こんなつまんない、陳腐なことについて歌うのだろう?、と嘆いてもいた。

          要は、このバンドはそれだけ「ふわふわしたお耽美世界」「子供っぽいニヒリズム」「拒食症的成熟拒否」から遠く、地に足がついていたわけで、今思えば、それは素晴らしい特質だ。だからこそ私もしつこく歌い継いで(いや、勝手に口ずさんでるだけですが;)来たのだろう。

          また、RAPは急に売れ出した女の子バンドだったので、周辺からの「やっかみ」もスゴかった(・・・気がする)。
          オリラジを潰そうとする先輩芸人のごとし!な、「汚い男ドモ」が彼女たちの周辺をドロドロとした嫉妬の黒雲で覆い隠すようにしていた、と言ったらいいか。いや〜な噂が沢山流れていて(その殆どがラップの○○は××とデキている、というもの)、カモノハシのごとき無(微)性性を愛する私はそーゆー「異性愛的な」噂が立つこと自体ににうんざりしてもいた。(今思えば間に受けるほうがバカ)

          あと、何がいやって、どんな音楽聴くの?と聴かれ「ラップとか好き。」と言うと絶対「黒人のオペッケ節」のことかと思われるのも嫌だった(笑)なんでこんな気が効かないバンド名なんだろ、と思っていた。
          (でもRAPのレコードには『TRAP』とか『WRAP』とか「RAP」から派生する言葉遊びになっているのがあり、それは気にいっていた。次に出すなら(!)『SERAP』も候補に入れて欲しい・・・。トルコ語で『蜃気楼』という意味です。)

          で、そーこーしているうち、池袋東武の五番街で貰ってくるRAP通信の写真で見る限り超可愛いドラムが入ったと喜んでいたら、なんかウヤムヤのうちにバンド自体消滅してしまったのだ。。。

          ところで、今回コレを書きながらいてもたっても居られなくなって、私は10年間も開かずの間だった、子供時代の部屋に入り、丸一日かけて大捜索し、大量のガラクタの中からついにRAPのテープを発見したのである。(ついでにアサイラムとZOAと胎児も発見・・・)レコードはプレイヤーを捨てたとき処分したのだが、用意周到にもテープにとっておいたらしい。

          そしておそるおそる聴いてみたのが・・・やはりいい。カッコ良すぎる。特に昔大嫌いだった「マタニティー・ブルー」など、やたらとリアルな歌詞で、「ルージュさんて、心眼をもって20年後の世界を見通してたのだな」と今にして理解する。
          あと、この頃のバンドにしては・・・って失礼だが英語の「L」の発音が正確。天晴れ。やはりすごいバンドだったのだ。
          ああ、もう一度、あなたに薔薇を捧げたい・・・。

          2006.06.24 Saturday

          さようなら!ザー「テ」・ムフテレム(zat-i muhterem)

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            ブログやHPで書いてあることというのは、基本的に間違いだらけだ、というのは誰もが内心思っていることだと思う。
            ブログにもいろいろあって、「俺語り」(例:「OLチョット贅沢自慢・ランチ2980円」「アマン・リゾーツに泊まったぜ旅日記」「嬉し恥ずかし英語練習日記」のようなもの)もあれば、「ニュートラル情報開示」(例:「アラビア語新聞訳してみます」「お得な金券ショップ利用法教えます」等)までいろいろあるが、ド素人の単眼的な見聞録など、所詮タカが知れている。

            私自身、「この人の書くことはいつも正確だ」と思えるブログを殆ど知らない。
            その人の考え方に共感できる、できない、とかそういう問題ではなく、情報として正しいか、正しくないか、という切り口で見て間違っているわけなので、これは主観ではなく客観的な判断だと思う。
            要は、ブログというのは、初歩的な勘違いとか、自分だったら赤面するような勉強不足とか、本人以外には何が面白いのか意味不明の事実の誇張とかを「味わう」のが正式な楽しみ方なのかもしれない。
            絵画の例えで言うならデュビュッフェDubuffet の提唱した、アール・ブリュットl'art brut(精神異常者や子供などが描く絵画)に近い世界である。
            ま、タダで情報を仕入れようというのだから、あっていれば儲けもの、間違っていて当然、くらいの覚悟で読まねばならないのだろう。(自己弁護…かも。)

            ところで、では、タダではない「本」というものには間違いはないのか?というとそんなことは全くない。
            値段の価値が見出せない本、というのは山ほどあるが、百歩譲ってそれを除外しても「間違っている情報が紛れ込んでいる」本というのは多いのである。
            金を払って「誤情報を買う」とは、こはいかに?
            それを考えれば、タダであるブログは、少なくとも金銭的な痛手は負わない分「お得」であるといえる。(自己弁護…かも。)

            しかし、ここにもまた落とし穴があり、作者がいかに間違えていようが、読者が作者以上に馬鹿で無知であれば、その本の間違いなどというものは見つかりようがない。
            そして作者の知識量が本を書いた時点でストップするのに対し、我々読者というのはどんどん「お利口」になっていく。
            すると、昔読んだ本の作者がいかに馬鹿で無知か、というのを暴く「心眼」が備わってしまう。

            私は以前、甲斐大策という御仁にとてもとても憧れていた。
            私の中央アジアへの偏愛も元はといえば、彼に植え付けられたものだ。

            ところがところが!
            今読んでみると…存外に間違いが多い。
            いや、間違いが多いだけなら、まだ許せるが、あきらかに「知ったかぶり」が多いのである!
            自分の本を読んでもらおうと思ったら、できる限り、思わせぶりに書いたり、知ったかぶったりすることは必要だろう。
            だから、子供の私に異郷の夢をみさせてくれたことには感謝する。

            そして、10年の時を経て(!)、私には、この御仁のペルシャ語レベルはあまり高くないし、それゆえ必要最低限の情報すらも採取できていなかったことが、見えるようになってしまったのである。(ひょっとしてペルシャ語書けないのか?)
            さらにはお得意の知ったかぶりがこうじて(?)、トルコ語領域にまで踏み込んでいることがあるが、それがまた見事なまでに・・・外している。
            日本にひとりしか研究者が居ない超マイナー言語じゃあるまいし、トルコ語はド素人が知ったかぶっていい加減なこと言えば、「5000人くらい」から「ばーか!」と後ろ指さされてるだろうメジャーな言葉だ。
            そういう状況で、いくら「売れてない・売れもしない」からと言って自分の本で平気で「知ったかぶりっ子」するのは一体なぜ?何故なのだ?バレないと信じて調子に乗ってるか、耄碌しているかどっちかだろうが、いずれにしても、もはや悲しいことに、私にとって彼の本は「マークス寿子・英国貴族になった私」と同じカテゴリーに入れられ、ブックオフで105円でも買わない、ものになってしまった。(ブログだったら読んで「あげて」もいい。ここにブログの光明があると思う・・・自己弁護かも)

            厳しいことを言ってしまったものの、正直、尊敬していた人物の馬脚を見てしまい、単なる「男のロマン野郎」だったのか・・・といまさら事実を知らされることは結構切ない。私は世の中に失望し続けた挙句、「憧れ」などという余分な感情を持たずに、命カラガラ虫の息で生きている人間であるからにして、数少ない憧れの対象が失墜することは、地獄に垂らされた蜘蛛の糸が切れるがごとき打撃なのだ。だがもはやこの「心眼」を閉じることはできない。

            だいたい、だ。餃子ロードという本を読んで思ったのだが、「あまり餃子は好きでない」のに餃子の本を書くなんて、動機からして腐っている。「あまりラーメンは好きでない奴」が書いた「ラーメン本」を誰が読みたいと思うか?ろくに知識がない(=頭が悪いor勉強不足)ならば、「愛(妄念や偏愛を含む)」だけで攻めるしかないというのに「あまり好きではない」だと?じゃ、本など書いて売りつけるな!ブログにでも垂れ流してろ、って話ではないか!得意分野の中央アジアネタだからって、自分の感性で味付けすれば人は喜ぶという特権的図式が通用すると思ってるよーな所がもはや勘違い。これじゃ、可愛くもない「渡辺満里奈.」とか「はな」とか「緒川たまき」(=感性とやらでメシ食う中年女性たち。でも超可愛いから許す)だ。てか、「男の中の男(ハードボイルド)」の世界と甘ったるくて下らないオトメ世界ってどうしてこうも酷似しているのだろう。この世の7不思議のひとつだとおもう。

            ところで、世の中で活躍する人たちには、「憧れ」や「リスペクト」の糸を太く持ち、四方八方にはりめぐらせ、あたかも操り人形の如く「踊っている」人々が多い。良心的に言えば「多方面から良い影響を受けて」、悪意を持って言えばあちこちから「軽くパクって」いる。そんなに他人を熱烈に尊敬できたり、憧れが昂じて模倣を始めたり、ということ自体私には驚きなのだが。日本やトルコでつくづく考えさせられるのは、メディアの表舞台に上手く乗るコツの一つは、バランスのとれた「操り人形」となることだ。あまり、偏りがあっては、すぐにパクリとバレてしまうので、独創的な踊りは踊れない。
            そして私は糸なき人形で、この甲斐氏の影響力も踊りの原動力となるほどのものではなかったのだから、この微かな蜘蛛の糸が切れてくれたことは、むしろ、善きこと、清きこと、かもしれない・・・。その証拠に怒りを吐き出したら、すっきりした。(長々とお付き合いいただきどーも。これはブログなので、まさに「アール・ブリュット」な世界をお楽しみいただいたことと存じます。)

            さて、本題に入ると(遅い!)、この甲斐氏にはある「耳癖」があるらしい。
            軽い「i」の音を、日本語に移す時、いつも「e」の音にするのである。
            (カタカナを一生懸命文中に使うところがまたいじらしいのだが。雰囲気作りでしょうか?ここにも今読むと青い乙女な感性を感じる・・・。)

            ダライ・ゼンダン→dara-i zindan (私ならダラ・イ・『ズィ』ンダン、もしくは『ジ』ンダンと書く)
            ヤフシェミシズ→yaxshimisiz    (私ならヤフ『シ』ミスィズ、と書く)

            など。私はトルコ語「I(ILIK)」の音と中国語「e(餓)」の音にとても興味を持っているので、この彼の「耳癖」はちと気になる。

            かつての「神様」は、観察される客体(サンプル)として役に立ってくれそうというわけか。。。ありがたや。

            2006.06.09 Friday

            便器を取って!いや取らないで!

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              以前ウズベキ語とトルコ語の、違う意味の単語をあげてみたことがあるが、また思い出したので、付け加えて置く。

              私がよく間違えるのベスト3に入るのは、『加える』kosmak(ウズベキ語)/koymak(トルコ語)だ。おそらく両方「komak」という古語から派生したもので(この「コマック」の「ko」と腕を意味する「kol」の関係は非常に匂う。)、ウズベキ語は「s」、トルコ語は「y」がくっついたものだと思われる。

              ま、それはいいとして、私にとって『加える』はなんだかもう「コシュマック」に定着してしまっていて、トルコにおいて「それもおまけにつけて!」とか「袋に入れて!」とかそういう場面で「コシュ!コシュ!」と叫んでしまう。突然「走れ!走るんだっ!(どこへだよ?)」と言ってるわけなので、ふと気づくとかなり恥かしい。ちなみに「ラン、ローラ、ラン!」というドイツ映画のトルコ語の題名は「コシュ、ローラ、コシュ!(走れ、ローラ、走れ)」だった。しかも論文など真面目な文章でも「ここに加えられるべきは〜」というところで、また「ここで走るんだッ!」などと書いてしまう。

              もっと恐ろしいのは、意味が違うだけではなく「正反対」の単語というのがあるということだ。氷をバナナと言っているうちは、「わけわかんない」で済むが、意味反対というのは意味が「反対に」通じてしまうから怖い。

              たとえば、トルコ語、ゾル(難しい)はウズベキ語で「素晴らしい」。
              ウズベキスタンでM先生は「ゾル」な先生だろ?と聞かれ、いいえ、ちっともいい先生ではありません!と断言した前科が・・・。

              ウズベキ語ヤマン(悪いという意味で非常によく使う単語)=kotuは、トルコ語で専ら「よくできた」、という意味で使う。
              私はトルコで「ヤマン家具」というところで家具をそろえた。(ちなみにここ。→http://www.turkindex.com/english/firma_ayrinti.asp?fid=95737&uid=0&id=1127)「ロクでもない家具屋」というパンクな名前が気に入ってたのだが、別に店側にどうやらそうな意図は毛頭なかったみたいだ。「いい仕事してますよ〜」とアピールしていただけなのである。

              あと最大の椿事を引き起こしたのが「kaldirmak」
              トルコに居た時、どういうわけか、家に3箇所もトイレがあり、トイレひとつを改修して風呂場にするために、便器を「どかせ」と修理屋を呼んだのだが、「kuveti kaldirmak mi istiyorsun?」という質問を私は「便器は残したいのですね?」という風に受け取り、「hayir, istemem!!」と答えてしまった。私としては、「便器は残したくない、とっぱらってくれ!」と言ってるつもりなのだが、修理屋は「便器をどかせば(kaldirmak)いいんですね?」と質問をし、私はそれに「いや、便座は残してください。」と頼んでしまったことになるのだ。その上バスタブを入れたい、と要望したので(つまり修理屋からしてみると、私は便座もどかさず、そのスペースにバスタブを入れろ、と要望していることになる)、「そんな無茶なことできるわけないだろー!」と話はこじれにこじれてしまった。

              つまりトルコ語のkaldirmakは「上に持ち上げて、取りはらう」と意味であり、ウズベキ語のkaldirmakは「そのまま置いておく」の意味なのだ。トルコでも「kalmak」は「その場にいる」の意味だから、ettirgenをつけた使役形「kaldirmak」は「その場に居させる」の意味になるか?と思うとこれが違うのである!トルコ語の「kaldirmak」は意味的に「kalkmak」の使役のようだ。

              あとは凡ミスをおかしがちなのは、sormak/soramak(質問する)とか、kolay/kulay(簡単な)意味が同じでびみょーに発音が違うというもの。

              …とにかく似た言語を覚えるというのは簡単そうに見えて、結構神経を使うのであった。

              2006.05.23 Tuesday

              「ねずみ御殿」とはなんぞや

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                先日の「びびったの巻」は、日記のようにひょろひょろと終わっているが、要は人は
                1.自分のやっていることの遥か延長線上(もはや霞んで見えないほど遥か雲の上)にいるらしき人にはびびる。
                2.話せるレベルじゃない外国語をしゃべろうとするとびびる。
                3.その日の授業で習った「偉人」が現れるとびびる。

                という結論らしきものが抽出できると思う。

                あと、その場に居た人々をかなり悪く描写してしまったが、あの慶応ボーイをはじめ、列席者たちはのちに私にとっても親切にしてくれたのである。しかし、その親切は「例によって」、全然私の心に届かなかった。ひどい失礼(思い出してもぞっとする無礼だ。誘ってくれた劇に大遅刻してしまったのである。すっかり忘れて。理事長は自ら切符を私に渡そうと待っていたらしい。別のミュージカルを見たとき、偶然隣の席になったのだが、もはや完全に無視された。当然だ。)とか冷淡さ(EXPOチャンネルでタダで宣伝をながしてもらったのだが、そのお礼をするのを忘れた)によって、彼らの温情に報いてしまった自分が一番ロクでもないと思っている。てか、それほどまでに「震え上がって」他のエライ人に対して全然注意が回ってなかった自分の小物ぶりにうんざりした。

                 でも、まあ、処世訓として一言書き添えておくと、老人(自分より30歳以上年上の人間に)に対してしてしまった無礼はもう、忘れるしかない。
                ここまで年齢差があれば、ある意味「安心」してよい。「逃げ切れる」だろうから。(かなり下品な考え方です。。。)
                彼らは早晩定年退職してくれる運命にあるし、そうなれば彼らが我々に対なし得る復讐というのも限られてくる。
                 せいぜい、定年後、暇に任せて書いた「自叙伝(誰が買うんでしょーね〜。)」の中でちくりと悪口を書かれるくらいで、たいした実害はないのだから、さっさと忘れ、もう「なるべく」同じことを繰り返さぬよう肝に命じればよい。

                 ところで、コレまでの記述を読み返してみたら、当たり前のように使っている変な単語が出てきたので、この辺で説明してみようとおもう。

                『ねずみ御殿』とは?

                それは私がタシュケントで住んでいた家だ。インターコンチネンタル・ホテルの目の前にある。ベッドルーム4部屋・ビリヤード部屋・大小サロン・室内外プールなどを備えた瀟洒な家。3メートルはあるような巨大な門が開くと、近所のガキたちが見物にくるほど、見た目は美しい。(いつか書いてやるがこの『高級住宅在住』のセレブ・コドモの性格の悪さったらない。近隣に住む貧乏人の子は壮絶なイジメにあう運命だ。たまごっちを持ってないだけで『ばーか、死ね貧乏人!お前んとこの乞食家族なんか永遠にあたしんちにはかなわない。狭い家に住む汚い貧乏人!』と面罵し、殴る蹴るという感じ。)
                ちなみに当時のウズベキスタンでは家賃の最高限度額が「法的」には3万円程度だった。(公的には家賃3万円以上とってはならない、ということ)
                実際は闇相場があったのだが、所詮「闇」なので、交渉によっては、「大豪邸」を結構安い値段で借りることができた。
                 しかし!借りたあとに重大な欠点がみつかる。それがねずみ。この家には何百匹というねずみが住み着いていた。大いにワケあり物件だったのだ(大家は貸したときはねずみは居なかった、という。確かに私が住んで1年くらいしてからねずみは増えだした。巨大ホテルがオープンしたことと関係ある!と大家は主張していた)。よって私はまるでトムとジェリーを地で行くような生活を強いられることになる。朝から晩までねずみを追い回していたのだ。追い回したねずみは当然殺す。ここがアニメと違うところで、ねずみを殺すというのは、相当な殺生だ。あの小動物の骨を砕き、血を流させ、殺してしまうわけだから。「蚊」を潰したくらいなら、ま、どうってことないけど、ねずみを潰した手、というのはかなりホラーだ。今から思えばよくあんなに殺せたなあ、と感心する。
                 おそらくは、軽いノイローゼ、だったのだと思う。朝から晩まで(とくに夜!)カリカリカリカリねずみがなにかを齧る音が巨大な屋敷の四方八方から響きわたり、気が休まる間もなかった。「ネズミ捕り」という古典的な道具もよくつかった。私はそれをあついかねたので、Mが来たときにしかけてもらう。すると五分もたたないうちに「バチンバチン」と音がしてドミノ倒しのごとく全てのわなにねずみがかかるのだった。ネズミ捕りというのはそのままひっかかってるだけじゃない。ねずみは全身打撲?でその場で死ぬのである。口から血を吐いたり、目玉が飛び出ているねずみをとりはずし・・・またMが来てくれるのをまたねばならない。
                 それだけではラチがあかないので、日本から送ってもらった粘着性のネズミ捕りもよく使った。これはゴキブリホイホイのねずみ版みたいなものだが、ひっかかったねずみは3日くらいは生きている。トリモチの上で、仲間の死体に折り重なってべとべとになり、恨めしそうにつぶらな瞳でこちらを睨むねずみを「じー!」っと観察して「いい気味だこと。ヲホホ」と嘲笑うのが私の日課だった(猟奇的ナリ)。あとはとにかく追い掛け回して追い詰めて殺す!殺す!殺す!叩き殺す!押しつぶす!踏みにじる!そうして殺したねずみを毎日、猫のごとくならべて満足していた。しかし、わが宿敵ジェリーはクローンのごとく増え続ける。米をたべようとしても、小麦粉でなにかつくろうとしても全ての食料袋からはねずみがうじゃうじゃ顔を出す・・・(こうして書いていてもムラムラする!一生許さん!ねずみめ!)かくて死闘は私が引っ越す時まで続いたのだった。

                 その後、私がドラえもんのごとく「ねずみ大嫌い」になったのはいうまでもない・・・。いや、ねずみのほうがむしろ私を嫌いだろうが。
                (ウズベキスタンから帰ってから、ディズニーランドにも一回も行ったことがない。ねずみを崇めるなんてとんでもないテーマパークだ!)

                ねずみ御殿・・・それは呪われた殺戮の館だったのである。

                NOT:
                ところで、ラテン語とフランス語の間では、「死を希い(モルテム・オラト)」を「鼠を殺せ(モール・オ・ラ)」と言葉遊びが出来るらしい。このことを知った時、なんとなく、私の「鬱」と「殺鼠」の間の架け橋が見えたような気がして愉快だった。私は人間のありとあらゆる行動の影に言葉の支配を読み取るのが趣味なのだ。

                2006.03.28 Tuesday

                もうひとりの友人、KKについての覚書

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                  ウズベキスタンに住むロシア人というのはまさに女の中の女!
                  長い足をぴったりしすぎて殆ど卑猥なジーンズや激しく短いミニスカート包み、毛皮のついたコートを着て、大抵お色気むんむんの天然娼婦といった感じである。
                  夏はブラジャーどころか、パンツの柄がスカートから透けて見えていたりして、ある意味裸よりやらしーのだが、それすらもどうでもいい感じで闊歩している。
                  世界各国の駐在員がこれにコロリとやられまくってるというのは、言うまでもない話。
                  トルコの新聞に、ロシア女のハニートラップに駐在員がかたっぱしからひっかかって会社に不利益をだしまくるから、最高齢の「枯れた」社員を送り込むことにしたが、それでも全員「回春」してしまい、効果なしだった!みたいな話が載ってたこともあった。
                  当然、日本人男性もエライことになっているが、あまり多くは語るまい。。。

                  KKもいわゆるロシア女だ。
                  しかし、超例外的な存在である。
                  やせっぽちで眼鏡をかけたKKは、とにかく性の匂いの全然しない少年じみた女の子なのだ。
                  彼女はいつも、秋葉系も真っ青な恐ろしく悪趣味なトレーナーばかり着ている。
                  スカートは決して穿かず、ぶかぶかのウォッシャブルジーンズに包まれたおしりも滑稽なほど小さい(この国の女性用のジーンズでは布が余ってしまうらしく臀部にいつも変な皺が盛大に寄っている)。

                  私たちは知り合って随分になり(7年以上)、ウズベキスタン以外では、ラトヴィアで会ったこともある。
                  ラトヴィアには彼女の祖父母が住んでいて(でもラトッシュではなく、ロシア人)、KKはよくラトヴィアに行くのだ。

                  しかし、どーしても私たちは私たちがどうやって知り合ったのか思い出せない。
                  思い出すのは、私の家に彼女が日本語を勉強しに来ていたことだけなのだが、どうしてそんなことになったのか、我々二人とも忘れてしまったのだ。
                  もはや思い出せない、ということに、この前二人で同時に気がついて笑ってしまった。

                  馴れ初めは忘れてしまっただが、私にははっきりとわかる。
                  私がこの子を気に入ったわけが。
                  私が無償で日本語を教える、などと酔狂なことをしたのはKKだけだが、それは勿論この子が非常に綺麗な存在だからだ。
                  大抵の人間は、この子を「ガリガリに痩せた、ダサいオトコオンナ」としか思わないだろうが、私の眼は肥えている。

                  この子の、儚い巻き毛とブルーグレイの瞳と赤らんだクリーム色の肌、すなわちその容貌の中性性は、殆ど天使のようなのだ。
                  ただし、皮肉な罰ゲームによって、その美を消して、醜く滑稽に装うことを余儀なくされている。
                  眼鏡を外した顔は恐ろしく整っていて、ジーン・セパーグとかミシェル・ファイファーを彷彿とさせる「それと気づかれにくい」美人だ。(最も似ているのは『ローズマリーの赤ちゃん』のときのミア・ファロー。イメージ的には『下妻物語』の土屋アンナのいじめられっ子時代の姿。)
                  私はこのやせっぽちで謙虚な天使をどこかで見出し、ただ単にずっと鑑賞していたくなり、日本語を教えるなどという理由で家に呼んでいたのだと思う。
                  ま、彼女からすれば「なんだかしらんけど」タダかつ送迎付で優雅に日本語を教えてもらえるわけで、悪い話でもなかったんだと思う。

                  教えている最中、彼女の母親が癌で死んだ。
                  彼女はある日、泣き晴らした顔で我が家にやってきて「オカアサンガシニマシタ」と報告した。
                  どうしてシニマシタ?と質問すると「お母さんの×××(淫語)悪い。」と言う。
                  私は飲んでいたお茶をぶーーーーー!っと吹きだしそうになったが、場合が場合なので、訂正せずに話を聞いた。
                  どうやら、子宮頸癌というやつらしい。二十歳そこそこのKKの母はまだ40歳代の若さである。
                  (ところで、この単語は以前日本大使館内でやっていた日本語教室で「手」とか「足」などという身体基本単語とともに習ったのだそうだ。。。いったいどんな授業してるんだろ?とおどろいたものだ。)
                  彼女は私に母親の形見の琥珀の首飾りをくれた。
                  少しも光らない、海辺で拾った石をそのままつないだような無骨なネックレスだった。

                  (KKは今では母親について冷えた信念を持っている。「母を想うことは僕のエゴに他ならない」と彼女は言う。「そんなことを母が望んだわけではない。」「だから僕はただ生きるだけ。」そして、彼女はただ、生きるのだ。その生き方というのも無駄がなく、父と弟のためにすべての家事をこなすことと、安月給の鉄道会社で働くことに殆どの時間が割かれる。)

                  4年ぶりに会ったKKには大きな変化があった。
                  なんと、ウズベキ語を話せるようになっているのである。
                  勤めていた鉄道会社でロシア語が上手ではない同僚がおり、互いに教えあうことにしたのだそうだが、結局同僚より、KKのウズベキ語のほうが上手くなってしまい、今ではウズベキ語で日常生活レベルの話は完璧にできるようになったらしい。
                  私たちは昔は主に日本語(でもKKのレベルはあまりに低い)と英語を混ぜ合わせて話してたのだが、今回は主にウズベキ語でしゃべれるようになった。
                  KKの頭では、ウズベキ語と日本語は同じ引き出しに入れられているらしく、日本語の単語もウズベキ語の接尾詞でつなぎ合わせてしまうところがまた面白い。
                  「僕の日本語はモノにならなかったけど、日本語をやっていたおかげで、文法構造が近いウズベキ語が早く覚えられました。ウズベキスタンに住むロシア人にとって、ウズベキ語ができないことは、もはやハンデです。僕の弟はウズベキ語ができないせいで、昇進できない。僕、日本語をやっていてよかったと思います」・・・撒いた種はいつかどこかで必ず芽吹くもので、その芽吹きにこそまさに「萌え!」る。

                  で、変なウズベキ語と日本語と英語とロシア語を取り混ぜて話しているのだが、私たちはとても気が合う。
                  あるとき、KKと私は同時に携帯電話を取り出したが、KKはそれでアラームを設定し、私は計算を始めて、同時に「回線つながってないから電話できないんだよね・・・。」などと言って笑う。
                  「こないだM先生の家で飲んだワインまずかった〜。」と、KK。
                  「あれは私がトルコで買ったワインだよ!失礼な!」と私。
                  宵の明星を見て私が「金星だ」と言えば笑い(何故笑う?)、赤いのは「火星だ」と言えばさらに爆笑する。(今思えば全くおかしくない。とにかく二人して笑い転げてばかりいるのだが、全部思い出せないほと些細なことだ)
                  よくわからないが、この「毒舌家の日本人」と「美しくもダサい天然ボケロシア人」の取り合わせは、不思議な化学反応を起こし続け、ずっと一緒に居ても飽きないし、何年ぶりに会っても昨日別れたばかりのようにすぐに仲良くなれる。

                  あと、KKの好ましいところに「ファンシー」と「ミーハー」という乙女心から無縁であるということもあげられる(私自身もこの二つの「極東“カワイイ”文化」にどうもなじめない人間だ)。
                  KKに好きな音楽は?好きな歌手は?、ロシア語のテレビを一緒に見ながら、そういう愚問をあえて投げてみると「別にない。興味ない。」ときっぱり答えるところがなんというか・・・すがすがしい。
                  当たり前だ。音楽好きな子があんなとんでもなくダサいトレーナーをヘイキで着るわけがないのだから。
                  そういう「自分と関係ないもの」に対する無関心と自意識の低さ、を私は愛する。
                  その合理的な遠近感覚と、余計な観客を必要としない、健やかでサッパリした貧しい心を。
                  ああ、KKよ。永遠にその身を巨大な秋葉トレーナーとウォッシャブル・ジーンズとぐりぐり眼鏡で包んでおいておくれ・・・。と私は祈る!祈っているのに!

                  KKはこれから2年契約でアラブ首長国連邦のドバイに出稼ぎに行くという。
                  しかも「ビューティーショップの美容部員」だというのだ。
                  かなり落胆して、「なんで?」と聞くと「だって、制服がズボンだったんだもん♪スカート穿かなくていいんだもん♪」とオトコオンナらしく能天気なことを言う。
                  月給は500ドル。5年前KKが図書館で働いて得ていた収入が一ヶ月8ドルだったことを考えると・・・途方もない額だ。
                  (Mは「アラブ人とかトルコ人はね、綺麗なロシア人を働かせるのが、好きなのよ。」と屈辱すら滲ませず淡々と言う。)
                  石油成金にコキ使われて、この清廉な天使が、安いお化粧をして化粧品なんかを売るのか・・・。
                  なんともやりきれない気分だが仕方がない。
                  この子の冷えた自意識欠乏症が変わらぬことを私は信じる。

                  ドバイに会いに行くよ、KK。
                  そして君の任期が切れたら、また一緒に遠浅のバルト海でカモメと遊ぼう。

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