トゥルキスタン夜話

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2009.05.16 Saturday

4分間のピアニスト

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    ビアン映画と老嬢映画が好きな私も、この二つの要素が合わさることがあろうとは、夢にもおもわなんだよ(笑)

    ビアンで老嬢!
    しかも80歳!

    今まで見た「映画のなかのビアン」で最高齢はウーマン・ラブ・ウーマンの70歳くらいのカップルだと思うけど、さすがに80歳のビアンて、初めてみました(笑)
    そのうちNHKの百歳万歳とかにも「わしゃあ、レズじゃけんのう!」とか言って、矍鑠としたおばあさんがでてくる日も近いのかもしれない。
    (実は私、この番組が好き。で、百歳万歳に出る人ってみんな異性愛者で子孫繁栄型が多いの。やはり生物学的に勝ち組なのか?)

    まあ、同性愛者が老嬢化するって、よく考えると実は当然の帰結なんだけど(笑)、あまり映画には登場しないのはなぜだろう。
    同「性」愛者ってからには性を描きがちで、それは相手がいないと成り立たないことだから、孤独な老嬢じゃしょうがないじゃん、ということか。
    しかし、当然のことながら、伴侶がいない、それどころかいたこともない孤独な同性愛者なんて世の中にはたくさんいる。
    伴侶がいない、いたこともない異性愛者が腐るほどいるのと同じことだ。

    この映画は若き日に愛した女を裏切って死に追いやったことがトラウマで、そのまま60年間孤独に沈潜していた老嬢の最後の恋の物語である。
    そう、ビアンの恋愛モノなの。
    ピアノだ、音楽だ、才能だってのはあくまで「環境」設定の話、だと私は思う。

    「個人的な興味はない、あなたにはピアノを教えるだけ」という言葉っつらになんかだまされちゃいかん。
    これは実は「ピアノなんかどうでもいい。あなたに個人的な興味しかない」という映画だ。
    (だからピアノの練習を一生懸命頑張る、とかそういうシーンがあまりないの。どうでもいいからないわけで。)

    そしてその恋、というのがとてもスリリングなのだ。
    なんでこんなひっつめ髪の地味な老嬢(80)が「女囚さそり?」みたいな超凶暴なアバズレ(20)に恋をするかな。。。
    よくもこんな「むりくり」な設定考えたな〜、と感心してしまう。

    年齢的にも60歳年下です。
    ひょっとしてこのおばあ様、20歳前後の女が好きなひとなのかも。

    実は私、その気分がわかる(笑)
    「若気の至り」の同性愛から卒業してしまった、ような人のなかには結構いると思うんだけど、つまりは「若い同性」が好きなわけ。
    だから、同性愛者であっても、老けた自分と釣り合うような年の同性には全く興味ない、というのも結構あるはなしだ。
    年をとった女というのは「男(性的興味ナシ)」のカテゴリーに入ってしまうから、興味がすっかりなくなる(笑)
    美少女趣味、なわけだけど、男性と違って女性は、札束で少女を買うようなことはあまりしない。
    必然的に、潔癖な人は「老嬢」になり、潔癖じゃない人は異性愛者に転向したりする…。
    (少女と付き合えないなら、誰と付き合ったところで同じだし、年よりの女と付き合うよりは、男と付き合ったほうが世間的な摩擦がなくてすむから)

    とにかくこの映画、日本の漫画にありがちな、努力根性映画でも音楽映画でもないこと、それがすごい。
    そういう映画なんだろうな、と観客を騙しつつひっぱってきて、最後のシーンで、それらの要素をすべて拒絶している(その拒絶に気づかぬ鈍感な人は「変なラストシーン」だと批判するw)。
    80歳のビアンと20歳のノンケの、不可能なる愛、相容れぬ魂と魂の相克に焦点をしぼってしまう。

    (相容れぬ、ではないかも。クラッシックしか受け付けない、ジャズのような「俗謡」を否定するこの80歳の老嬢のなかに、あの鬼気迫る鍵盤の乱打に似た魂が潜んでいる。若い女はそれを暴いてみせていてる。
    老嬢は無意識のうちに、この凶暴女が「私以上に私だから」「真の自分の姿をいつか暴くから」愛したのではないのか?)

    そう、「羊たちの沈黙」が恋愛映画であるような意味で、究極の恋愛映画なのだ、これ。
    たぶんたいていの日本人はこれをビアン映画と割り切れないがために(たぶん音楽分野における主人公成長映画だと信じてしまうと思う。花の24年組かよw)、
    ラストシーンに納得がいかないかもしれないが、最初から最後まで恋愛「しか」描いていないとしてみると、このラストの必然性がわかるはず。

    あと、「ゲルマン・ビアンの系譜」ってありますよね。
    ほら、1920年代ベルリン、初のビアン雑誌「女友達」が創刊されたころの、つかのまのモダンガールの楽園のことですよ。
    「制服の処女(1931)」とかさあ、、、懐かしいわあ。(いくつだよ、私?)
    そんなナチス台頭前のベルリン・ビアンへのオマージュ的シーンが美しい映画でもあります。
    鋼鉄のプロイセン魂に秘められた、甘やかな同性愛の追憶、…しびれます。


    ただ…おなごがブサイクなのはどーにかならんかのう…。
    なんでリアリティあふれるビアン映画ってのはわざわざブスを選ぶんかのう…。
    異性愛だったら、平気で臆面もなく美化するくせにい…。

    女性同性愛は美化禁止なんですかね?
    「めぐりあう時間たち」で二コール・キッドマンはわざわざつけ鼻をしてたし、「モンスター」のシャーリーズ・セロンも醜悪加工たっぷりだった。
    「ボーイズ・ドント・クライ」のヒラリー・スワンクはもともとアレだし(笑)
    ビアン映画に出演する女優さんたちは、そもそも皆ブスだし、そうでなければ、皆なんらかのブサイク加工をほどこして主演女優賞をとってらっしゃる。
    ひどくない?なんで誰もこの状況に文句言わないの?
    「美アン」なLの世界を見習えっての。
    てかいまいちこのドラマの評価が高くないのはたぶん「レズのくせにみんな美人」だからかもしれない、と思い当たった。

    ところでこの映画のレビューを読むとほんとイライラする。
    http://www.eigaseikatu.com/imp/18490/
    わかってねーなー。。。と思ってしまう(笑)
    あのな、これ同性愛映画だってば。
    ビアン告白を「無用」だとか言うなよ。

    http://www.eigaseikatu.com/imp/18490/335146/

    必要がないわけないだろうが(笑)


    http://www.eigaseikatu.com/imp/18490/368200/

    だから、80婆が恋に落ちたんだってば!そんだけの映画だっつーの。「つじつま」はソコであってるの!


    http://www.eigaseikatu.com/imp/18490/324265/

    彼女がずっと愛しているのは音楽じゃない。「女」だ。


    http://www.eigaseikatu.com/imp/18490/321178/

    いいセンスしている。ノンケには惜しい(笑)


    http://www.eigaseikatu.com/imp/18490/315607/

    レズのばあさんの最後の恋の話なの!!昔からずっとレズじゃないと説得力がないだろうが。ばっちり絡まってるよ。


    http://www.eigaseikatu.com/imp/18490/487395/

    意味がないどころか、「バアサンの過去」が主題なんだよっ!

    18:52 2009/05/16

    あー、暇人なことをしているなあ、私。。。春うらら。


    とかなんとかつらつら書いているうちに、主演女優が亡くなった。
    彼女がちょうど病魔と闘っている最中に、その出演作を見させてもらった、というわけか…。
    その名演はしかと見届けた。我が骨肉となったでござる。安らかに眠れ。


    NOT:
    私が大好きな100歳万歳出演者のなかでも一番のイケメン、それは加藤碩三さん。
    100歳のイケメン、って日本に彼しかいないと思う。
    どうぞ、いつまでもかっこよく生きてくだされ。

    http://www.nhk.or.jp/100banzai/file/2006/0916/index.html

    2009.03.10 Tuesday

    ああっ、毬谷さま。

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      先月、「桜の森の満開の下」をスカパー見て、毬谷友子の素晴らしさに改めて感動!
      昔持っていた毬谷友子写真集(なんとサイン入り!女優の、ではなく写真家の、なんだけど…)を古本屋に売り払ったことを激しく後悔!
      ネットで探索するうち、本人の公式サイト発見!
      2月24日の舞台を見にくぞ、と心に決めたが、見事に寝坊(笑)!
      そうこうしているうち、ご本人「笑っていいとも」御出演!
      念が通じた、必ず見るぞ!っと思っていたのに、昼時にそんな番組見る習慣がないため、すっかり忘れる!

      がっかりしつつ、本人ブログを覗くと雰囲気がとても変…なにか不穏なにおいがする…。

      調べてみて、やっと理由がわかった。
      生放送で放送禁止用語を言ってしまったらしい。

      で、私は同じような悪癖を抱えていた身だから同情するかと思いきや…これができないんだな〜。
      その映像を見たら、この突発的な毬谷熱がちょっと冷めてしまった…。
      http://www.youtube.com/watch?v=18xk_103ljk
      つまり「ひいてしまった」のだった。

      やはり、女優は一旦他者の幻想をその身に引き受けたからには、うっかりボロをだしてはいかんのですよ。
      しかも「年寄り」がそういう言葉を口にするのはオールド・パンク!どころか、不愉快なまでに時代遅れな、許容しがたい雰囲気が漂うことを発見。
      ぶっちゃけ、加齢臭、がするのである。

      なぜなら今のワカモノはそういう言葉自体を言わず、聞かず、知らず、だから。差別意識なき「差別語」の無意味な言葉狩りとか、そういう高次の日本語問題以前に、一定世代以上しか使わない言葉をつかってしまったら、やはりどう転んでも「ババクサく」なるのは避けられない。
      言葉というものはそういうものだ。
      この言葉が差別語かどうかは知らないが、もうこの言葉は「老人語」である、というのは断定できる。
      知り合いのM氏(74歳。立教出身。ジャズとアメリカ大好き)もやたらとよく使うし。
      毬谷友子同様、本人的には「やんちゃコトバ」っぽく使っているつもりらしいが…。
      どう思われるか自覚できない、そのこと自体が老化なんですよね…。

      (しかし、舞台ってのは放送禁止用語をばんばん言える+聞ける楽しみっていうのもあったはずで、舞台上では別に「年寄りが差別用語をホザきやがった!」的な感想をもったことはなかったのに、テレビだとなぜひいてしまうのだろう。我ながら不思議だ。そういえば、友人キキキリンの日本アカデミー賞受賞コメントも酷過ぎて、イラっとした覚えがある。舞台からリングの貞子が這い出してきてもなんともないけど、テレビから這い出すと気持ち悪い、って感覚だろうか。非日常を求めて舞台を見に行っている時はいいけど、自分の部屋に一方的に老臭を放つ逸脱を展開されるのは勘弁、なのかも。)

      私自身も公にした文章内で「片手落ち」やら「障害者」といった「差別用語」を直されて激怒したこともあるのだが、そういう言葉を垂れ流す人間は、老若男女を問わず、決して美しく見えない、ことを再確認。
      毬谷友子ですら無粋に見えたんだから、私なんぞがやっちゃダメダメだ!

      いやしかし、孤高の女優であるあなたはいつまでも超絶技巧の舞台キチガイでいてください。


      NOT:
      ま、こういう批判ができるのも、例の悪癖をブログに書き、さらに「アビエーター」という映画を見て以来、放送禁止用語を発する、という癖から、「文章の最後を際限なく繰り返す」という癖に移行してしまい、「アレは卒業」に近いから言えるのかもしれない。

      で、公表すると悪癖は治るらしいので、また書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。書いとく。…


      NOT2:
      そういえば、青春のアイドル(笑)、戸川純も「笑っていいとも」生放送でうっかり乳首だしてしまってなかったっけ??
      やはり天然でシュールな人々は生でテレビ出しちゃダメなのでは…。

      2009.02.03 Tuesday

      妬心は蜜色。

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        キャラメルというレバノン映画を見た。
        変人官僚な某紳士がすすめてくださったからである。
        でも、そうじゃなくても、私のなかの「あるセンサー」が感知した、んだよな・・・。我ながら隠されたL-WORDにやたら敏感なことには驚いてしまう。

        とにかくこの映画、誰が見ても損はしない佳作であることは間違いない。なんせ主演・監督・脚本を努めている女性が恐ろしく美しいのである。退屈な映画(死ぬかと思った。橋から落ちる親父が撮っていたフィルムが星島貴徳の同人誌のような鬼畜変態系とかだったらバランスがとれて許せる、と何故か思ったけど、そんなことは全然なかった。誰がどう褒めようが、どんな権威ある賞をとろうが私にとっては単なるつまんない映画)を出品してカンヌ映画祭で賞をとった日本人監督とか北野武と比べるともう、その差歴然(笑)肉体の美という、己に与えられた天賦の才に惑溺せずに、ここまでの傑作を残せるなんて、その精神力にも脱帽である。とにかくひれ伏すしかない美しさと才能。

        レバノン女性の群像劇なのだが、いわゆる「ガールズ・トーク」的な、恋と友情にまつわる5人の女たちの赤裸々な生態が描かれる。「SATC」をはじめとする米ドラとかアルモドヴァル作品と似た手法。不倫、処女膜再生、老嬢の恋、介護、同性愛、更年期障害、などなど軽い異端的要素が見られるテーマ内包しているので、どこの国の人が見ても絶対浅く共感できるはず。世界130カ国で上映された、というのがうなずける。

        物語自体に破綻や激烈なところはないのだが、私にとっては結構強烈。
         そう、実は私、「ガールズ・トーク的世界」が苦手なのだった。特に生理ネタは大嫌いでスカートに血がつくとかそーゆーシーンには「生理的に」拒否反応がでてしまうので、よくも悪くも衝撃的(笑)。しかもその血は閉経した女性が己を若く見せるために、わざと絵の具をつけたもの・・・、とかもう、意味不明だ。そんなことするくらいなら、表参道ヒルズの地下一階広場で素っ裸になり、珍獣ハンターイモトのメイクで「どじょうすくい」でも踊ったほうが全然マシなよーな気がするんだが。女ってわかんない、わかんなすぎ。(しかも、この映画、全て素人を使って撮影しているのである。この更年期障害女を演じたひとは「某会社の秘書」だそうで・・・。よくこんな役引き受けたな、とびっくりしてしまう。その蛮勇こそが一番ドラマチックかも。)

        しかし思い起こせば、中東って割りとこの手の赤裸々さが許される地域なんだよな・・・。男が絡むエロは許されなかったりするが、メス同士ではなんでもアリ、というような。男性は隔離されているからメスの赤裸々さを目にすることはなく、幻想は守られてはいるのだが。

        そういう「中東女のあけすけさ」をよく生かした映画なのだが、一点「赤裸々の出し惜しみ」をしているところがあり、私はそれをモッタイナイと感じた。
        それは主人公が不倫相手の自宅に乗り込み、奥さんに「ホームエステ」をやってあげるシーン。これが不倫をやめるきっかけになるのだから、物語のキモとなる最重要シーンである。映画では奥さんの指にぺティキュアをしたり、結婚記念日の準備話をしたりするだけで、緊張感を孕みつつ、かなり「さらっと」した描き方だ。

        しかし私はここで「描くべき」ことが描かれていないがために、どうして不倫をやめたのかがボヤけていると感じる。
        言いたくないが敢えて言う。
        このシーン、「不倫相手の配偶者の性器を見た」というシーンでなければならないと私は思う。

        ・・・・・・シーン。

        シーン、じゃないって!(笑)真面目な話。
        だいたい、キャラメルっていうのはトルコ語でいう「アーダ」のことで、飴の粘着力を利用した脱毛剤である。映画を見る限り、「キャンディーで脱毛するなんておっしゃれー♪」な雰囲気をかもし出してはいるが、町の美容院風エステや自宅でやるアーダの真骨頂って「陰毛脱毛」じゃん。足とか腕とかなら自分でやるよって話。「陰毛?ふーんそんなもんか」・・・と軽く流したアナタは甘い。看護婦によって手術前になされる剃毛なんかとは比較にならない話だから。
        中東全般で行われる陰毛脱毛とは、「前のほう」もさることながら、性器と肛門周辺にまで熱いキャラメルを塗りたくり「びっ!」とかやる、野蛮なまでの徹底脱毛である。(えーっ?と、疑う人は巷に出回っているトルコ本のハマム体験談を読むがいい)敏感な肉と皮を「カタチが歪むくらい最大限に引っ張って」、皺だの襞だののひとつひとつをぎゅうぎゅうのばし、「キャラメル」を塗りこめては毛根ごと引きちぎっていく脱毛。これを赤の他人(往々にしておばさん)がやってくれるのである。とんでもない恥辱プレイであることは間違いなく、いくら金銭を介在させるとはいえ、女同士でこんな極限的なる行為が行われている中東ってスゴイと思う。互いに隠すところはなにもなくなったビアンカップルだってやらないだろ、こんな恥ずかしいこと(笑)

        で、折角主人公が「キャラメル屋」ということなのに、このシーンでこのネタを使わなかったのは非常に惜しい。性交以外のシチュエーションで、他人の女性器をがっつり目の当たりに出来る唯一の職業なのだから、その切り札をここで使うべきなのだ。小説風に言うなれば「あのひとが愛し、子供までなした、その女の股に煮えたぎった嫉妬のキャラメルを塗りこめ、無言で陰毛を引き抜いた。蜜色の飴に毛が混じるにつれ、粘着力がおちていく。熱い飴を足して、また引き抜く。脚を広げさせ、押し広げて観察する。髭に縁取られた歪んだ微笑、まるで私を嘲笑しているかのよう。今夜あのひとの指が触れてすべすべと心地いいように毛を抜く私。惨めだ。こんな惨めなことがあるだろうか?気がつくと、私のなかから恋が消滅していた。」という風に(ナンダこの駄文・・・)。
        「そんなトコロを描いたら本国で顰蹙を買ってた」かもしれないが、このシーンがあったらこの映画、もっとデカい賞を余裕で取れてたと思う。
        ここまでやってこそ「キャラメル」という題名が生きるし、「地方色を生かしたおしゃれ映画」の粋を脱して、個性的な名作となるのではないか。

        …いや、私が下劣好きから言うのではないよ(笑)
        なぜか賞ってもんはそういう、「言わずもがなの、唾棄すべき赤裸々さ(エロというのともまた違うし・・・ハダカというのとも違う)を描いた奴のところに舞い込む」ものなのだ。たとえばオルハン・パムックはオスマン時代のフェラチオ行為なんかを描くよーな奴じゃなかったら、ノーベル文学賞とれなかったし、「存在の耐えられない軽さ」のクンデラとかもまた、然りだと思う。勿論「赤裸々なとこ」だけ書けても駄目で、そのほかの部分こそが素晴らしいのは大前提なのだが、赤裸々さを描ききる力量を持ち、しかもそれが「世界が見たことが無い新しい行為である」ということ。(「存在の耐えられない軽さ」には主人公の男が自分と同じくらい長身の女と向かい合って立ち、リング状の肛門の括約筋を触りあうシーンがあった。「へ〜不思議な光景だなあ」と感心してしまう「新しい行為」だ)何故かそういう作品は「世界」がとても評価してくれるのである(笑)理由はわからないが「幅広い技量を持つ表現者」だとでも思われるのだろう。

        で、この映画、脚本も映像も音楽も申し分なく素晴らしいんだけど、破綻がない。最初から最後まで観客の想像を全然超えないで話が進む。処女長編なのだから多少稚拙だったり荒削りだったりするところがあってもいいのに、それすらない。「何も裏切られない」という、最大の裏切りを犯しているのだ。
        そういう場合、ココゾというところで「赤裸々」ブラフを切る、というのは映画や小説の常套手段である。この美しい監督は「そこまでしなくてもいい」と思ったのだろーが、そこで「描かなくてもいいことを描くか描けないか」で鬼才と秀才の分かれ道があるのに。「不倫相手の嫁の陰毛を脱毛してやる屈辱」というのは「映像化されたことがない稀有なシーン」になったはずなのに。(Mは常々「なにか作品を残すからには世界に『新しい何かyangilik』をもたらさなくてはならぬ」と言ってた)
        ・・・本当に惜しい。

        私もブログにこんな「下品」な仮定妄想を垂れ流すのは嫌なのだが、「赤裸々を描けるか描けないかが分かれ道」と思うからこそ、書いてみた。
        誰にどう評価されたいんだ、一体(笑)



        NOT:でも、実は日本でもIライン脱毛とか、可能美香がやっていたよーな、かなり際どい脱毛があるので、このネタは脱毛エステティシャンに話を変えてまだ「使える」と思う。てか、私が貰いたいアイデアだ(笑)

        NOT2:一度しか行ったことがないが、私はレバノンという国が大好き。なんせ生肉天国なのだ。レバ刺しはレバノンで食うに限る!

        NOT3:私は別に赤裸々を描けばなんでも好きというわけでもない。赤裸々を描いて世界から評価されても、私自身は大嫌いだった「無理エロ作品」も多々ある。今思いつくのがラス・フォン・トリアーの「奇跡の海」と「バベル」の日本編かな。
        「奇跡の海」は夫の病気を治すために、バスの中で痴漢行為を働いたいりする。無理やりすぎだろ。ばかみたいだ。
        バベルもひたすら気持ち悪いハダカだった。この女優の垂れた貧乳、間延びした胴体、猛々しい陰毛を晒してなにを表現したかっただろう?おそらく「孤独」というのが答えなのだろうが、年増女優が女子高生役を演じることのムリムリ感しか私には伝わってこなかった。
        オヤジの前でまでヌードになって「甘える」シーンも、本当に反吐がでる。必然性なき赤裸々は要らんのです!

        2008.09.01 Monday

        先生のペット♪きゅんきゅんきゅん

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          M一族の家業は「児童心理学者」である。
          妹を始め心理学者が多いのだが、特に児童心理学を専門にする人が多く、Mもその一人なのだ。
          ところが、老嬢であるMには当然子供が居ない。
          彼女にとって「子供」というのは教え子の生徒、だけだった。
          まあ、それも「二十四の瞳」っぽくて可愛い話なのだが、彼女としては子供が居ないのに児童心理学を専門としていることに、余人の計り知れないコンプレックスがあったらしい。
          子持ちの学者から「所詮、机上の空論でしょ」と言われたらひとたまりもないからだ。

          そうじゃなくても、Mは勿論無類の子供好きである。と、いうかウズベキスタン全体が「子宝礼賛社会(とくに男の子。『息子持ち(オグルル)』になって初めて大人は一人前、みたいなところがある)」であり「子供好き」というのはしごく当然のことなのだ。
          一人でマンション買って、過労気味に働いて、男は要らないけど「子供は欲しい」とわめいてはいるが、そういう生活形態自体が一番「子供のいる生活」から自分を遠ざけてしまう、ということに気づかない「初老」の老嬢、それがMである。(日本に住んでいたなら、たぶん否応ナシに気づいたはずだが、彼女は中央アジアで先鋭的負け犬生活を送っているので、気づかないのである。あーゆー国で先進国でも最先端の憂悶をたったひとりで抱え込んでいる、という孤独が私を妙に惹きつけてやまない)
           
          40歳を過ぎ、母親を亡くすと、Mの絶望と焦りはますます度をこしてきた。
          「死んでしまいたい」と「どんな手段を使ってでも子供が欲しい」という妄執の間で揺れ動き、情緒不安定もいいところで、孔雀のようなウンコしか出ないほど(どんなだよ、って?猫レベルってことよ)食は細り、顔面が全体的にしわしわと縮んだせいで、鷲鼻だけが嘴のように尖っている。もはや愛らしい老嬢というより「姑獲鳥」という名の妖怪のようだ。
          そして「あとはもう死ぬしかない」ところまで追い詰められたMは「孤児院巡り」という行動にでるようになった。

          (ちなみに現在はどうだか知らないが、私が住んでいた当時ウズベキスタンの孤児院とは、本当に酷いところだったらしい。視察した日本人の駐在員夫人が糞尿まみれで転がっているやせ細った赤ちゃんの話なんかをしてくれたことがある。その人は在住日本人女性の集まりで募金を呼びかけていたわけだが、その場に居た40人ほどのなかで私だけが募金をしなかった。「外国の女性、特に先進国のセレブなんかだとね、チャリティーっていうのは常識なんですわよ。日本人ってそういう点がまだまだ遅れているのね〜」とかじーっと顔を覗き込まれながら皮肉っぽく諭されたけど、断じてしなかった。「私が金が欲しくてたまらなかったとき、彼らは私に金をくれなかったじゃないか」「物価格差のおかげで優雅にやってるけど、あなたも私も本国帰ればセレブでもなんでもない。欧米様に追従してる金があったらもっと頻繁に白髪染めしろよ」「彼らが私になにか良い事をしたら、見返りとして金を渡さなくもないが、そういう事をする可能性は殆どゼロじゃないか」等々、また幼稚なことを私は考えていたものだ。)

          しかし、「里子を受け入れたい」というMの申し入れはそんな極貧状態の孤児院からも断られ続けるのである。「私は幼児教育の専門家だし、絶対命懸けで可愛がるのに!理由がわからない!」とMはキレていたが、KKに聞いてみたところ、「休職中の高齢独身女性には里親の資格ないだろうなあ…」と現実的な返事が返ってきた。そう、里親にせよ、そもそも結婚していなければ「子供はできない」わけである。里親候補は「結婚していて十分な収入がありながら子供ができない夫婦」に優先されるのだ。しかも「お願いだから子供を!」とすがりつくMは物狂おしいを通り越して、明らかに不審者っぽく孤児院としても「こんな女に子供を渡してはヤバイ」という感じだったのだろうと思う。書類審査で男の子を貰い受けることがほぼ決まり、名前までつけて引き取りに行ったのに、その場で断られたこともあったそうな。母親を亡くしたMは、その男の子まであたかも「死産」でもしたかのような錯覚に陥ったのか、名前を呼んでは泣き暮らしていた。現実的なKKはそんなMに貴方は少し疲れているみたいだからカウンセリングに行くといい、などと勧めていたが、「私自身が心理学者なのに!」とMは反発し、帰らぬ母とまだ見ぬ子供を求めて、懊悩の淵を彷徨うのだった。

          私はイライラした。(嗚呼、何故これっぽっちも共感できないクセに、愚かさに苛立った挙句、下手に他人に関わってしまうのか)

          「そんなにガキが欲しけりゃ…あたしが産んで、先生にあげましょうか?」
          その瞬間、Mの鳶色の瞳がメガネの奥で貪婪に光り、私はたじろいだ。この女、本当に「手段を選ばない」つもりなのか…。
          しかし、諦め顔でMは言った。
          「ダメよ、そんなの。私にくれても、あなたきっといつかはその子をとりあげようとするもの」
          …心配どころはソコなのか?ばかばかしい、最初から要らないのに、ましてや途中から要るわけがないじゃないか、ウズベキスタンで育った子供なんか。
          「要らない。あげるったら、本当にあげるよ。オトコオンナどっちが欲しいの?」
          「男の子に決まっているわ」
          「ふーん、了解。それまで必ず生きていてね」

          そして…ある日手紙とともに写真が送られてくる。
          「妹が出産したので女の子を引き取りました。名前はナシーバです。妹はタシュケントの大学で働いているので、私が3年間の育児休暇をとり、サイラムに戻ってこの子の育児をしています。大きな家で二人きりで住んでいるの。今が一番可愛い時期です」

          …おい。あんたの言うことを真に受けた私はどうなるのだ!?


          NOT:いや、それでも「この世界」にいたたまれなくなった時、誰もが持つ死という異次元への穴、以外に私には中央アジアに貫通する秘密の通路があるということが、大きな慰めになっている。遥か彼方のMの孤独に思念を飛ばせば(夜空を溶かす勢いで、液化した金属の、灼熱の流星のように想いよ、飛べ)身体を消滅させずになんとか耐えられる気がする。

          2008.06.26 Thursday

          愛なき世界

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            このブログの密かなモチーフは恐らくMとの関係だったのだが、つくづくうんざりすることがあり、なんだか書く気力も失ってしまっていた。(根本敬先生のディープコリアネタを本人にチクった日本人がいたよーに、ウズベキスタンでMらしき人物を探し当て、このブログの内容を話して聞かせる馬鹿も皆無とは言い切れないし)
            ああ、何故に私の好きな人間はいつも私を裏切るのだろう。
            成就する愛の形がないせいか?そうなのか?だったら、何を捨てろというのでしょう。私はあなたに愛されるようになるまで、暗い部屋で独りでうずくまっていろとでも?

            ここのところ某ドラマを見ては涙が止まらなかった。
            私としては名前を出すのもはばかられるような、くだらない学芸会的ドラマだ。(しつこいようだが、ホントーにくだらんドラマで案の定最終回なんか最悪だった。)
            「花つみ日記」とか誰もが唸る名作ならともかく、こういうものをみて「すら」泣いていると、なんだか本当に自分の「終わり」は近いんじゃないか、と思う。私は死ぬんじゃないかと思う。
            涙は重く、あまりに重く、このぬるい嘘八百な生活は近々破綻するのではないか、という予感が脳裏を掠め、ますますいても立ってもいられない。
             私が堕落したのは、青春の三大挫折(笑)というものがあったからで、それはフツーに言えば「1.病に倒れ」「2.愛に破れ」「3.職にあぶれた」のだった。哲学っぽくいえば、それは「1.肉体を犯され、2.精神を壊され、3.自立と尊厳を失った」過程であり、なんつーか、やはり不幸なのではないか、と自分では思っている。1については前にうっかり書いてしまった。しかしそれだけでは中途半端なので(病気になったからやさぐれている、だけでは片付けられない)少しだけ2について語りたくなったわけなのだ。
            誰と比べて、どーこーというわけではないが、とりわけ2.自分の愛する者に愛されたことがない、というのはやはり不幸と言わずしてなんであろう。そういう人は思いのほか沢山居るんだろうが、悲しいかな、私もそのうちの一人なわけで、そして私はそのことを乗り越えられずにいる。こんなに時間が経っているというのに、それを想起させるものがあれば身も世もなく泣けてしょうがない、というのはやはりコレがまーいわゆる私のトラウマのひとつ、なのだろう。
             
            嗚呼、いみじくも上野樹里(←ぎゃー!何見ていたか、ばればれ)は言ったのだ。
            「告白したって、しょうがないよ」と。(ココ、号泣するトコです)
            そう、しょうがないものはしょうがないんです!
            えーっとねえ。同性愛がおおっぴらになるとか、差別されないとか、そういう方向に世の中が向ってるのとは別問題として、しょうがないもんはしょうがないのである!
            万葉集にも『我思わぬ人を思うは大寺の餓鬼の後に額づくがごと』と詠われている(現代語訳:自分を好きにならない人を愛するなんてガーゴイル像に礼拝するくらい無意味なことであるよなあ。)とおり、性的指向の違う人に恋をしてもいかんともしがたい、というのは何時の世でも厳然たる真理であると私は思う。(私の最も好きな漫画は案の定『日出処の天子』ですw)
             じゃあ、性的指向の同じ人を好きになればいいじゃん、と言うのは至極当然な意見である。 
            少し前、教育テレビで同性愛を真面目に取り上げる番組があり、そのなかで某レズビアン府議会議員も、「ノンケに恋する期(彼女も絶望したらしい)」から「ビアン同士でくっつく期」に移行してとてもハッピーになった、というよーなことを言っていた。
             だが私はそれにも失敗している。今度は「性的指向が同じ」だからといってそのなかから「愛せる人」を見つけることができなかった、のである。当然ハッピーにもならなかった。相手を傷つけ、自分は酷く消耗しただけだった。
            そして私は、諦めてしまった。そこで潔く孤独を引き受けるか、というとそこまで潔癖にもなれなかった。これをして「死んだ」ともいえるだろう。
            でも、実は「絶え間なく死んでいる」からこそ、死ねないのである。
             昔から心に引っかかっていた言葉に「絶望とは死に至る病だ」というものがあるが、これは「絶望すると死んじゃうよ」という単純な意味ではなく、絶望とは死に至るまでの自己食尽そのもの、死ぬに死ねない無間地獄である、という意味だったと思う(なんせ大昔に読んだのでウロ覚えだ。本気で気になる方はキルケゴールの本ちゃんと読むべし)そういうわけで簡単に自殺という決着すらつけられない。
             私は毎日恐るべき絶望を生きていて、・・・不幸である。

             しかし・・・
            今日、通っている病院でまーなんというか「病人同士」が集まる会合があった。私もそれに好奇心から出席したのであるが、それがまた・・・凄まじいのである。
            なにやら宗教がかっていて、目を瞑らされ、病院側の主催者が「癒しの」絵本を読んだりなんかすると、周囲から一斉に鼻水をすする音がきこえてくる。私はまた微弱地震でも起きていて、天井から落ちるホコリにアレルギーの人々が反応しているのか?!と本気で考えたのだが、、、なんと目を開けてみると私以外殆ど全員の女が泣いていたのである。(内容は擬人化された『病原菌』が、私がアナタを選んだのは貴方がソレに耐えうる強い人だから、と語るよーな本。ふざけんなっ!てかこんな駄本でいい大人が泣くな!)
             それから、ひとりひとりが「自分について語る時間」になった。出席者は全員三十歳以上の女性なのだが、各々打ちのめされた風情で自らの病状を語って、それこそ自分の身の上話に「号泣」している。私は不幸なの!こんなにも不幸なの!辛くて辛くて余裕がないんです!と全身で叫んでいる。
             聞いているうちに私はいたたまれなくなってきた。5cmくらいの小人になって寝たきり老人のケツとオムツの間に挟まれてでもいるかのよーな気分になり、耐えがたい閉塞感と湿度と悪臭に吐き気がした。
             私の前の人が悲惨な体験を語るうち、涙で言葉が出なくなり、もらい泣きして皆が泣き崩れ、ついには司会者に猫なで声で「もうどうぞお座りください。」と言われ、私の番がきた。(スピーチの順番は一番最後だった)

            私は立ち上がると、涙に濡れた優しい空気を滅茶苦茶にするべく(『ここではなんでも辛いことを打ち明けてくださっていいんですよ』だと?じゃあなんでも言ってやろう)、にこにこと語り出した。「私はいかに幸福か。いかにステキな生活を送っているか。毎日がいかに楽しいか」と!素晴らしい家族に恵まれ、知的な職業につき、楽しく買い物をし、美味しくてカラダにいいモノものばかり食べ、優雅に暮らして居る、と。曰く「えっと、やはり快適なグッズを揃えるというのは大事だと思うんですね。自分が快適だと思えるもの、美しいと思えるものに囲まれていると、自然に心が安らぎます。金銭的に余裕がない方以外は、もっと住環境やファッションや食べ物のレベルアップに目を向けてみるべきじゃないでしょうか?心や体の問題をいくらほじくったってどうしようもありません。でもいいモノってヒトを幸せにします。病人もまたしかりです。否、病人だからこそうんと自分を甘やかして生きていくべきだと思います。だから私は辛いだなんて思ったことはありません。なんでもわがままを通してきましたから、フツーのひと以上に楽なんです。幸い、嫌なことは何一つしなくてすむ環境ですし」

             さっきまで泣いていた女達が泣くのも忘れ、呆然という感じで私を見、その中の幾人かがだんだん憎悪を滾らせていく中(敏感な奴には私の悪意が伝わらないはずがない)、私は場違いな「えびちゃん(もどき)スマイル」で語り続け、「なんか今にも死にそうでらっしゃる皆さんには申し訳ないんですけどぉ、わたしは本当に今が充実していて楽しくてしょうがないんです。死ぬまでずーっとこのままお気楽に生きてみせます」と念を押して自慢話を終えた。そのあとの患者同士の懇親会は「用事がありますので」と断り、ひらりと抜けて出てきた。(なのに、バスが40分も来なくて結局懇親会参加組と病院の出口で顔を合わすハメに。「おいおい、あんたそんなにリッチならタクシーで帰れよ」って皆内心思っただろーな・・・w)
             
            で・・・家に帰ると自己嫌悪に煩悶している。
            いい年こいて、ババアが今更人前でプライドも外聞もなく泣いてんじゃねーよ、と私は思っていた。私は十七歳だった、あのときお気楽だったのはお前らのほうだっただろーが、と思っていた。どいつもこいつも私を愛さなかった。畢竟お前らの眼中にあったのは男だけだっただろーが、なにを今更女同士の連帯だよ、ふざけるな。醜く老いて太っておまけに病気持ちで男に相手にされなくなってから、すり寄ったって遅いんだよ。お前らが「辛いんです!耐えられません!」とわめいている、その針のムシロに私はもう何年立ち尽くしていると思う?お前らにはもう手に入らない「普通の」甘い生活を体現するのは私の勝手だ。それを見せ付けられた奴らが絶望を深めるならばそうする甲斐はあろうというもの。・・・(ああ、なんて!なんて幼稚なんだろう。)
            世間への私の偽装は完璧で、もう何があっても崩れないだろう。最後の最後まで死力を尽くして欺いてやる。この堕落を貫いてやる。


             何故か「川田亜子さん」のことが脳裏をよぎる。引き合いに出すのもおこがましいが、私は彼女が何故死んだのかよくわかる気がする。

            2008.03.22 Saturday

            花つみ日記

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              邦画の最高峰を見てしまった!
              なんと1939年作品である。70年近く前の映画にこれほど新鮮に感動するとはびっくりだ。
              吉屋信子原作、その名も「花つみ日記」という。
              主演は高峰秀子。正直、フルムーン切符のCMで「ポーラX」のカトリーヌ・ドヌーブばりに「風呂の湯にチチを浮かせる(『老乳ぽっかりの術』と名づけたもんです)」という技を使ってた老女優、というイメージしかなく、太平洋戦争の特攻隊が「高峰秀子を守るために逝く!」などという遺言を残して居るのを見ても「古くさ!」としか感じていなかったのだが・・・。
              どーしてどーして15歳の高峰秀子は最高なのである。すらりとした長身、すっきりした男顔に愛嬌を湛えるたれ目、若竹のような二の腕、十代そのものの溌剌とした仕草・・・一言でいうなら、純然たる爽やか美少女である。ちょっと往年のヒロスエに似ている。(てか本当は木下優樹菜に一番似ている。あんまりキャラが遠いので誰も気づかないのだろうが、顔の造作がソックリ)
              (私の目で見て)この映画はその高峰秀子こと「篠原栄子」が転校生に恋をする、話である。

              相手役の転校生は「佐田みつる」というのだが、なんか名前からしても「お似合い」という感じがする。私も弱いが「男名」の女子ってやはり昔から実力より10%増しでモテるんじゃないんだろーか。

              で、篠原栄子ちゃんはしょっぱなから東京から転校してきた中原淳一の挿絵のような美少女にとっても惹かれるわけです(実は演じている女優さんは高峰秀子に比べると綺麗じゃない。でもだからかえって高峰=篠原が「あんたってカワイイわ、カワイイわ!」と夢中で言い募るのが「あー、あばたもえくぼってくらい惚れとるのな・・・。」という感じでイイ。イマイチだからこそ観客も感情移入しやすいというもので)一目あったそのときから恋に落ちました、という感じで、ヴェルレーヌの詩集なんかを読む最中、ふと面影がよぎったりしたらソレはもう恋ですね、はい。てか最初会った瞬間、クラスメートのなかで彼女だけただ一人、巻いていたはちまきを「無意識に」とろうとするのも濃やかな名演技です。ガール・ミーツ・ガール系の映画に多いのですが、最初の邂逅シーンですでに「電撃に打たれました」という描写がちゃんとある。70年前の映画でありながらお約束にのっとってるのが嬉しいです。(たとえば「ショウ・ガール」なんつー糞映画でも「初対面でズキッ!」を思わせるシーンがある。実は私はこの映画カナリ好きだったりして…血中オカマ度が高い方にはお勧めですことよ)
              栄子さんのご執心には理由があって彼女は小学校3年生まで東京の浅草で過ごしてきたので、他の大阪っ子とは違い東京にそもそも郷愁がある。「みつるさん」の背負っている「東京から来た」転校生であるという事実にまず惹かれているわけです。「佐田みつる」さんは性格描写的には昔の少女漫画にでてくるよーな「暗くて大人しい優等生」という感じの子。

              でもう、この子への篠原栄子の接近がもう古今東西「美少女転校生はこう落せ!」とマニュアル化されてもいいくらい王道でスバラシイ。そう、天然の「女殺し」なのである。
              「ああ、この学校で上手くやっていけるかしら・・・。みんな大阪弁だしよくわからないわ・・・」みたいな不安な風情の時に、わざわざ標準語で話しかけて近寄り「みつるさん、そう呼んでもよくて?私、篠原栄子。みんなは栄ちゃんって呼ぶの」と直球で近寄って、ぐいっと肩を抱く。最後の「有無を言わせず肩を抱きよせる」というのがポイントだと思う。さりげない身体接触の上手い女は絶対に女にモテます(それで爽やか美少女であればもう最強)。この映画のなかでは一貫して篠原栄子さんのほうからみつるさんに身体接触をしかけます。細かくみても100%全部。古い言い方だけど、やはり「男役」なんでしょーね、栄子さん。触りたいオナゴには躊躇なく触るぜって感じで、すがすがしいです。

              で、女殺しの篠原栄子さんはみつるさんに「親切にする」んである。ええ、やはり気に入った転校生には親切にしなければなりません。街を案内したり、家に連れて行ったりしながら互いの身の上話をする、という、やはり王道な手を使います。
              栄子さんは大阪というコテコテな町の花柳界の家(実家が置屋?)に生きてきたヒトなので、なんというかみつるさんが持つ数々のハイカラ属性にどんどんはまっちゃうわけですね。「東京から来た」「中原淳一風美少女」「名前はみつる」「クリスチャンではないけれど日曜学校に行く」「お兄さんが居る」等々。最後の「兄が居る」というのに無闇に憧れるのは多分女だらけの湿度の高い世界で育ってきたという理由によるのだと思うが、潜在的には「自分がこのかわいいひとの兄になりたい」という願望があるんだと思う。栄子さん、本当にミョーにこの兄貴に拘って、勝手に「どんな人なの?きっとイケメンなんだろうなあ!」などと妄想して、みつるさんに「んもー!気が多いのね」と苦笑されている。

              で、日曜学校での初デート中、早くも「天国ってあると思う?」「あたし、分からない」「あたしはみつるさんがあると思うなら、天国ってあることにするわ。たとえ死んでもあんたに会えたら嬉しいもの」という会話が交わされる。「告ってる」ようなもんなんだけど、みつるさんの返事がちょっと「ガク!」って感じ。「栄ちゃんと毎日遊べるんなら、あたしも天国あるといいと思うわ」と満面の笑みで答えるのである。「遊べる」って・・・。子供じゃあるまいし、なんかニュアンスが違う。でも恋は盲目な栄子さんはこの答えに舞い上がって「ね、うちに行ってもっとお話しましょ!」と、はちきれんばかりに「好き好き大好き!」光線を放ち、そのまま手をひっぱっちゃって自宅に連れ込んでしまうのです。(スゴイ直球です。「今度○○の美術展にいってみない?」とか「どこそこの店が美味しいみたいよ」とかでなく、「アナタともっとお話したからウチに来い!」とはっきり言える人間になるべし!)
               家につくと早速栄子さんは中原淳一の絵の載っている雑誌を見せて「この絵、誰かさんに似ていると思わない?」「わからないわ(みつるは優柔不断なネコちゃんなので、質問に対していつも『わかんない』、という。ちょっとイライラさせるのがミソ、なのか?)でも綺麗でとってもよいわねえ、この絵」「そのいいところが似てんのよ」・・・ここで、風のようにさっとみつるさんの耳元に顔を近づけ「あ・ん・た・に」とこそっと吹き込む。可愛いぞ、高峰秀子・・・。で、何故か一旦みつるの手から絵を取り戻し「あたしのこと、嫌いになっちゃ、いやあよ」と念を押してからその絵を改めて見せるのだ。意訳するなら「私は女でしかも貴方が好きなんだけど、どうか嫌わないでね」と、言っているんじゃないだろーかね、これは。

              この辺で印象的なのが元仲良しグループだった周りの少女たちがこの二人の様子に「どん引き」していること(このグループの中に若き日の加藤治子が居ます!)。栄子のことを遠巻きに見守っては「栄ちゃんも物好きやなあ。最近佐田さんにべったりやん」「めずらしいもん好きなんや、あのひと」などと口々にイジワルを言っている。私はこの「リアルさ」にびっくりしてしまった。つまり、ほかの子たちには「アイツおかしくなっとるぞ・・・」というのがうすうす感じられ、なんだか薄気味が悪いというか、不愉快なのである。多分70年経った今でも女子校内を恋愛の舞台にしてしまう「エス」系少女に対して「フツーの人々」はそうそう甘くないと思われます。
              「フツーの人々」のうんざり感も私にはよく分かるのであります。この前まで一緒にお弁当を食べていたり、一緒に帰っていたりしていた友人がある日「頭がおかしくなって」恋路につっぱしり、野良犬のようにどこかへ消えてしまう。まソイツは「恋人」とつるんでいるわけだが、ソイツといつも組みになっていた子たちにとっては勝手に消えたり現れたりするのは大迷惑な話である。今までどおり話をしても、恋する乙女はものすごく情緒不安定で、挙動不審で、いままでとは違って決定的に「痛い」。てか女子校ではフツーの人は恋愛は学校に持ち込まないわけで、勝手に例外的状況を作ってしまうのは殆ど社内恋愛並に迷惑なわけです。いかんせん「アイツ、三組の○×とデキてんじゃね・・・・この前ドコソコで手をつないで・・」とグループ内で噂話に花を咲かせることにもなる。すると「エスな人」もなんとなく元のグループに居づらくなってますます孤立していくわけですね。…で、そうかと思うと、昼休みにふらりと皆がお弁当を食べている席に蒼白な顔をして舞い戻っきて、机に突っ伏して突然泣きじゃくる。ふられたんですね(笑)まあ、そんな具合に、今まで普通だった友達がそんな痛々しい「レズモンスター」に豹変するのが許せないから、ほかの子たちはいかんせんイジワルのひとつも言いたくなるわけであります。

              で、栄子さんとみつるさんですが、些細なことから喧嘩となり「別れて」しまうのです。まず栄子さんにはみつるさん以前に「憧れていた」梶山先生、という歌の上手な麗人風(実はこの先生を演じる役者は本当に宝塚の男役で、実生活ではゲイの中原淳一の妻である。『男同士』の結婚ってわけ?)の先生がいます。つまり栄子さんというのは、多分もともと同性愛的傾向があり、みつるが転校する前はその対象を梶山先生に求めていたわけです。そこへみつるさんという対等の、ベタベタ触れられるよーな、生身の恋愛相手が現れます。以前、先生とは純粋に尊敬し、可愛がられるという「いい関係」を保っていた栄子さんですが、そんな淡い憧れと現実の恋愛は大違いなわけです。快楽も苦痛も千倍くらい増幅される、というか。だから十五歳の少女はこの初恋にいちいち大きく揺すぶられ、いきなり天に舞い上がったり、身も世もなく傷ついたりする。マニュアルのない恋路に翻弄される少女の震える情緒が痛ましくもいじらしいのであります。この映画はそーゆーところを繊細に丹念に描いていて、ゆえにリアル!なのだと思います。

              二人はその先生の誕生日に「一緒に何かプレゼントしよう」ということになる。(70年前だけど「プレゼントする」って言ってた)先生の名前は「芙蓉」だから芙蓉の花を刺繍した壁掛けを贈るのです。(女の子ふたりなのに何故か刺繍をするのはみつるさんだけ。栄子さんは「タチ役」だから刺繍はしないのか・・・?)で、互いに「出し抜いたりしちゃ駄目よ、一緒に渡すのよ」と約束するのに、当日栄子さんはフランス人形(正確には『テンプル人形』と言うらしい)を先生の家に持ってくるのである。遅れてきたみつるさんはそれを見て腹を立て、「御用があるのでおいとまします!」と帰ってしまう。栄子さんはびっくりして追いすがるがみつるさんは取り付くしまもなく・・・往来で栄子さんは子供のように目を擦りあげ泣いてしまうのである。(ほんとにウエーンって泣くの。あくまで直球。でも可愛い…)

              次の日みつるさんは学校で「絶交宣言」をし、理由を聞きたがる栄子さんに「あなたは自分だけがいい子になろうとして、壁掛けよりずっといいお人形をあたしにナイショで持ってきたんだわ!抜けがけするなんて、あなたって怖いひとよ。」と怒りのわけを説明する。栄子さんは「違う、あれもアナタと二人の贈り物として渡すつもりだったのよ」と言うが(多分刺繍のほうは主にみつるにだけやらせてしまったので、罪悪感からフランス人形は自分で買って連名で送ることに決めたのだろう。それを説明しようと先生の家の前で待っていたのだが、みつるがなかなか来ないので、二人で落ち合う前に先生と先に自分だけ対面することになってしまった)、みつるさん、聞く耳持たず。ついに栄子さんは「みつるさんの分からず屋!もう知らない!」と吐き捨て、去っていくのでした。その日、栄子さんはブランコの脇で、じっと物思いにふけっている。それを遠くから見つめる、みつるさん。声はかけられない。栄子さんは以来、学校にも来なくなる。教室でぽつんとひとつあいている机を眺め、みつるさんは心配しだす。こっそり何度も下駄箱を確かめたりもするが、栄子さんの靴はもうなく、二度と現れない。制服が冬服に変わる頃、ニュースが飛び込んでくる。「栄ちゃん、退学して舞妓さんになったんやて。あんたと喧嘩して学校嫌になったんとちゃうか」と。

              ・・・これはまー、またスゴイ展開であります。女生徒同士の痴話げんかの顛末なんぞ精々卒業まで口聞かないとか、登校拒否するとか、その挙句留年するとかそのくらいでしょ、普通。折角の女学校を辞めて、しかも以前はさも馬鹿にした口調で「芸妓になんかなるもんですか!」とみつるに言っていた舞妓になってしまうなんて・・・なんという破滅的な道を選ぶんでしょう、この栄子というひとは。要は女同士のゴタゴタのせいで「自ら人生駄目にする」わけで、ここひとつとってもこの映画が「同性愛的な友情」と砂糖菓子的な語り方をされているのが納得いかない。たかが友情のためにソコまでする乙女があるか!女のために人生踏み外す、なんてことをするのは生粋の同性愛者だけだと思う。そう、かなりきわどい、というか危険な映画なのです、これ。真のレズビアニズムってのはこーゆーことなんですね。全身全霊を賭けて同性である他者と向き合えること、コレがすなわち私が思う定義であります。(イイデスカ、あくまでも他者と向き合うんですよ。間違っても自分の分身とか投影像と向き合うじゃありません。ここが重要デス!)別に女に惚れたとか性欲を抱いたからどーこーというわけではない、と。

              で、栄子さんがイジラシイのは舞妓になってもみつるさんにもらったおもちゃの指輪を肌身離さずつけていたり、女学校時代の歌を悲しげに口ずさんでは「嗚呼、みつるさん、会いたいよー」とばかりに泣き出してしまったりするところ。未練たらたらな訳です。
              そしてふたりは別々にお参りに行った信貴山で偶然バッタリ出会う。(そのときの高峰秀子の舞妓衣装がすごい。頭に原寸大の風車挿しているんだよ。ギャルの「花盛り」よりずっと派手じゃん!和装って実はすごいキッチュだなあ。。。)霊験あらたかな?山で舞妓姿の栄子さんが「もう一度みつるさんに会えますように」と「風車をクリっとさせながら」お祈りをし、その直後、偶然再会する、という展開である。
              みつるが栄子を見つけ、思わず駆け寄った瞬間、栄子が思わず「うふ」っと無邪気に微笑むのがなんとも愛らしい。でも、次の瞬間「あなたは昔のままだけど、あたしはこんな風になっちゃった。」と恥じ入るように悲しい顔をして走り去ってしまうのである。現代風に翻訳すれば「水商売の女になったあたしをそんな純粋な目で見ないで!いやー!」、という感じか。BL風に言うなら「僕は汚れてしまった…もうこの手にお前を抱くことはできないんだあああッ」でしょうか(笑)

              物語が急展開するのは意外なところから。
              みつるさんのお兄さんが出征することになるのである。ソレがどーした、という感じですが、恋愛中、些細な事で始まった喧嘩は些細な事で修復するが吉!なんですね。こーゆーご都合主義もまた真実だと思います。ちなみに小学校まで浅草に住んでいた栄子さんの大好物は「切山椒」というお菓子で、東京に単身残っているお兄さんはみつるからそれを聞き、態々栄子のために送ってきたこともあるので、栄子とお兄さんはまったく縁がないわけでもありません。

              ここで!意外にも!例の「レズってキモイなあ」と思ってるっぽいお友達軍団が活躍する。彼らなりの嗅覚で「このことは栄ちゃんに知らせなきゃ」というのがピン、と来るわけですね。「あいつキモかったけど、ミツルに振り回されてヘコんだ挙句、学校も退学しちゃったアホや。あんまり無残な失恋だし、絶対ミツルに未練タラタラだから教えてやらな」とでも察したんでしょう。で、学校帰りに栄子の家まで訪ねていく。すると栄子は「信貴山から帰って以来」寝込んでいる。(別れた女に偶然会っただけで『ずっと寝込む』って…どんだけ繊細なんだよ。)
              その病床の栄子にお友達軍団はちゃんと「みつるさんのお兄さん出征するよ!」と伝えるのです。(デカシタ!)
              すると、栄子さんはふらふらと立ち上がり出て行きます。なんと、可愛い町娘に身支度を整え、戎橋に立って行き交う人々に「千人針」を刺してくれ、と訴えるのであります。夜になって雨が降ってきてもじっと立ち続け、「お願いします。どうぞ。お願いします」と声をかけ続ける栄子さん。なんとも可憐なシーンで、泣けます。
              栄子さんは「みつるさんのお兄様が死んだりしたら、あの子がきっと悲しむ。あたしはこれ以上あの子が傷つくことに耐えられない。お兄様には何が何でも無事で戻ってもらわなきゃ」とだけ考えています。学校を辞めたのも恐らく「みつるを傷つけた自分が許せなかった」から。だから病気を押して何時間もたち続け、ひたすら千人針を完成させるのです。この血が滲むような執念、この呆れた根性、これを恋といわずしてなんでしょう!栄子はこのとき、単なる「めずらしもん好き(ハイカラ転校生に惚れちゃった人)」から「相手のことだけを思い、無償の愛を与えられる人」へと成長するのです。

              次の日、お兄さんは、その千人針を携えて颯爽と出征していく。それを見送るみつるは梶山先生に「どうか栄子さんと仲直りさせてください」と頼みます。乙女の執念は「まごころ」としてみつるに通じたのです。
              病身を押して雨のなか遅くまで外にいた栄子さんは当然またベッドに臥せっています。
              栄子ママが聞きます。
              「あんた、うわごとにみつるさん…みつるさん…って呼んでたけど、なんぞ用でもあるんかえ?」
              「用があったかて、みつるさん、もう来てくれへん。うち、死んでしまいたい。嗚呼、天国ってほんまにあるんやろか」
              「縁起でもない!」
              などと言う会話を交わしたあと、栄子はうとうとと夢路に迷い込み、またみつると天国で会おうと約束を交わしたあの場面に浮遊します。死んで天国で会える、ということだけが「愛の力」を使い果たした今の栄子の望みなのでした。
              と、夢から覚めると枕元には梶山先生と、そして、みつるが目に入ります。栄子は病気なんだし、みつるから手を握るべきじゃないか、と思うのですが、ここで手を伸ばすのもまた栄子のほうからです。手を握られてはじめてみつるは「ごめんなさい、栄ちゃん、許して」と謝るのです。(とことん受け体質だな〜)
              すると栄子は「おかーさん、やっぱし天国ってあったわ!」とコロっと元気になるのですが、この豹変ぶりも十代っぽくていい。
              報われなくてもいいからと、自分なりの愛を貫きとおせるようになった時、恋人が戻るというこの嬉しい逆説。栄子さんは「死んで一緒になってどーすんねん、やっぱり今ここでこの人と一緒に居ることが私にとっての地上の天国や!」と気づくのでした。
              最後は梶山先生が栄子のリクエストに答えて歌を歌い、それを聞いてみつるは部屋の隅で肩を震わせて泣き、栄子はベッドでにこーっとするところで「をはり」となります。栄子の指にはみつるの作ったおもちゃの指輪が光っています。

              …、はーっ。とにかく名作だ!こーゆー映画を見るとなんか自分の人生の欺瞞に耐えられず、灯油かぶって火をつけたくなるので危険なのだが、恐らくこのふたりも今後「あの頃を思い出して郷愁のあまり死にたくなるような」人生を歩むのではないか、と思われるので、それもまたヨシ、という感じでしょうか。(だってみつるって女学校出たら1年花嫁修業してすぐ見合い結婚しそう。どう考えても芸妓と一生を共にするようには思えん…でもそれでも一抹の可能性を感じさせるところが「吉屋マジック」なのである。なんせ作者が「女と結婚している」からね。こんな心強いことはない!)
              興味ある方、特に女性と恋愛中の「ぢょぐわくせい」は是非見るべし、です。「何故に70年前の映画と同じことをやってんだろ、私」と思われること請合いでしょう。そして何かしら勇気づけられると思います。少なくとも私は昨今の「百合系アニメ」「ビアン映画」よりずっと現代的でリアルな内容だと思いました(笑)
              恐るべし、戦前の少女小説!


              NOT:このブログの数少ないの読者?と思われる方からご指摘がありまして、「老乳ぽっかり」CMに出ていたのは高峰三枝子という人で、高峰秀子とは全然別人だったよーです。知ったようなこと書いてすまなかった、秀子&三枝子よ・・・。そしてそのファンの方々、すみません。浅野温子と浅野ゆう子を間違えるくらいバカでした。

              しかも私は三枝子さんとごっちゃにしてたので、もうとっくに亡くなったと思ってたのですが、秀子さんてまだ生きてらっしゃるじゃあアリマセンカ!
              怪我の功名というか、間違いに気づくことによって嬉しい発見があって良かったです。指摘してくれて、本当にありがとう。

              本来消して「無かったこと」にしちゃいたいくらいですが、「ホラね、素人ブログは法螺ばっかだろ」、という証拠になるので、すっごく恥ずかしいけど、このまま間違い記事も残しておきます。
              うーん、プロのライターだったら、切腹もんかも。素人で良かった。。。めげない〜。

              2007.06.08 Friday

              映画のなかのトルコ人

              0
                (…というシリーズをやろうとして随分頓挫していたわけですが。)

                「ミュリエルの結婚」という映画で、一言「ありゃトルコ人だろっ」という台詞がある(気がする。日本語字幕には出てこないので、ひたすら耳をすますべし。)

                なんて・・・実は私、この映画大好きなので是非とも見て欲しいだけです。
                (シネフィルイマジカ入っている人は今月見て。てか明日みて。)
                http://tv.starcat.co.jp/channel/tvprogram/0919200706012600.html

                結婚願望が強くて太っていて高校中退してパソコンスクール行っても何も出来ずずっとニートで盗癖があっていい年こいて親のスネカジリのお嬢様には特にオススメ!
                私は「黒髪&金髪」のバディムービーは同性愛度が低かろうと高かろうと絶対見るのだが、オーストラリアモノのベストは実はコレだと思っている。
                10年以上不動の人気を保っているのだ。
                (子供の頃はピクニック@ハンギングロックがベストでしたが。ケイト・ウィンスレットの「乙女の祈り」はちょっとイマイチかなあ。でもあけすけなのが◎)

                しかも、ミュリエル役の人って「めぐりあう時間たち」のキティ(ジュリアン・ムーアの相手役)なんです。きゃー!




                NOT:
                これだけじゃ宣伝一直線なので慣用句をひとつ。

                Şeytan aldı götürdü, satamadan getirdi
                直訳すると、「悪魔がかっぱらって行ったけど、売れずに持って帰ってきた」という意味。
                「神隠し」のよーに何かがなくなったけど、やっぱしあった!という時に使う。

                爪きりがないないないないない〜!アレがないと死ぬ〜!と大騒ぎして探した挙句、何度も確認したはずの机の上に乗ってた、とかそーゆーことってあるでしょう?
                アレは悪魔がアナタの爪きりを「へっへっへ俺が貰うぜ。売ってやるぜ」と異次元のフリマに持って行き「爪きり、安いよ〜!安いよ〜!」と呼び込みした挙句「なにこれ!?中古じゃないの?ふざけないでよ!」とけんもほろろに言われて、「どんなに頑張っても、これ売れないんだ・・・」と悟り、とぼとぼ返しにきて、さりげな〜く机の上に戻した…そうな。(トルコ人によると。)

                余談ですが、ワタシはモノを失くすのが大嫌いで「モノを失くした!アレもない、コレもない!絶対許せん!右から左へ受け流せない!」ということ「だけ」をひたすら訴える難解極まる小説を500枚も書いて出版社に送りつけ、見事却下されたことがある…。二十歳前後のことでした(お・・・おぞましい思い出だわ)
                とにかく探し物がないと外出もできなければ、何も手につかなくて、人生においてモノを探す時間を集めれば地球を3周できそうなくらいの時間を費していた。
                しかし、このコトワザを知ってから「アレは売れないから、絶対返しにくるだろう」と気長に待つことを覚えたよーな気がするんで、同じ強迫観念に苦しむ人はこの「Seytan aldi goturdu satamadan getirdi」を呪文のように繰り返すことをオススメする。

                んで、「千と千尋の神隠し」は「悪魔がションボリして返してきた」映画。
                「ピクニック@ハンギングロック」は「売れたので、ついに返してくれなかった」映画。
                悪魔の「顧客」ってやはり面食いなんだなあ・・・と言いたくなる。(ミランダはほんとーに綺麗なの!し・・・しかしこの人もう50歳なんだ・・・もうそろそろ悪魔も返してくれていいのに〜!もっと映画に出てほしかったよ)

                あと、応用?としては「モッテケドロボー!」っていう時に「seytan alsin!」と使ったりする。



                NOT2:
                その世にもまれなる「遺失物小説」のアラスジを久しぶりに思い出してしまった。
                ま、要約すれば、「片付けられない」主人公がとにかくアレもコレもソレも失くしまくって、落しまくって、そのたびにぎゃあぎゃあパニックになりながら、世界を旅する話・・・なのである。
                『アレがないと死ぬ・・・』という台詞は実はそれに出てきた台詞だった。
                で、最後主人公は実際に「ぐわー!シャーペンどこなの!?ないないない〜!」と、投身自殺する。
                (こう書くと唐突だがそれまでネチネチ書いてあるので、もし最後までつきあった読者がいたとしたら「いいかげんにしろよ、コイツ、死んで正解だよ」という気がするハズ)
                残された恋人は「何故に貴方はそんなつまらぬものたちのためにあたら命を捨てたのでしょう?」と訝るのだが、よくよく調べると、無くなった全ての物から死んだ主人公をこっぴどく捨てた別の恋人の影が…。やがて狂乱の残骸を各国に撒き散らした主人公の悲恋が見えてくる。

                こう格調高くまとめてみると非常に面白そうだが・・・これが・・・つまんないんだよねえええ〜(笑)
                糞以下です、ホント。

                2007.03.23 Friday

                朝鮮族とガマの油

                0
                  以前、ウズベキスタンで首が痛くなった話を書いた。
                  いまさら顛末を書くのも変な話だが、なんか思い出したので、続きを書いておく。

                  次の日もクビはますます痛く、「こんなことでは、あさって飛行機に乗れないよ〜」と私はますます「無敵の病人エリカトイ」ぶりを発揮していた。
                  すると、Mは「わかったわ!こんなときはアレよアレ!お隣さんから、アレを借りてきましょう」と言って出て行き、なにやら薄汚いジャムの瓶を持って帰ってきたのである。
                  瓶の底にはほんの少しだけラードのようなものが溜まっている。
                  「…なにそれ。」
                  「これで直るわよ。万能薬なの。塗ってあげるから、首だしなさい」
                  「で、なによそれ、臭いよう!臭いよう!」
                  「決まってるでしょ。犬の油よ」(ウズベキ語でit yogiと言ったんだっけか?多分ロシア語で呼んでた気がする。)
                  「………。」
                  さすがのエリカトイも黙ってしまった。

                  Mは進歩的なくせに、案外民間療法に頼りがちな女でもある。
                  父親(サイラムの名士だったらしい。その町に林檎の木をせっせと植えて有名な人)と母親を共に医療ミスで亡くしているから、病院とか医者が信用できないのでである。

                  以前にも私に「親戚に磁石の手を持つ人が居るの。スプーンとかがくっつくのよ。その人が触ると病気が治るの。悪いところがあったら連れていってあげる。」とか、(エミール・クストリッツァの『ジプシーの時』みたいな話だ。なんだか薄気味悪いし、いくらふんだくられるのか謎だったから行かなかったが、今から思えばちょっとひやかしておけばよかった)、「あなたはキンナが強いから、キンナッチのところに行くといいわ」と薦めたりした。キンナの概念は…ああ、殆ど忘れかけてしまったが、要は「疳の虫」のようなものである。たとえばパーティなどで波長の合わない人間ドモに会ってどっと疲れてしまう、というのもキンナが強いからで、夜泣きをしてむずかったりするのもキンナが強いからなんだそうだ。そんな癇症の人間は、キンナ屋(キンナッチ)のトコロに行き、お払いをしてもらう?とアラ不思議、忌まわしきキンナがすっかりとれ、気分爽快、人見知りもせずいつもニコニコすごせる…という代物らしい。

                  で、今回Mは「犬の油」という「裏ワザ」を思い出したわけなのである。(日本で言えばちょうど「ガマの油」という怪しげな薬がそれに近い。)
                  ウズベキスタンの犬の油は名前の通りホントーにそのまんま「犬の油」。
                  オリーブ油がオリーブの実を絞ってとれた油だとすれば、犬からとれたのが「犬の油」である。

                  突然「油」の話をする前にまずは「犬食」の話をしたほうがいいと思う。
                  ウズベキスタンの人口の約5%はかつて強制連行された朝鮮人だ。
                  おそらくこの地に「犬肉最強伝説」を持ち込んだのはこの朝鮮人であると思われる。
                  ただ、ウズベキ人もロシア人も朝鮮人も別に、家庭で普通に犬肉を食ったりはしない。通常のバザールでは犬肉は売ってもいない。
                  しかし、タシュケントには朝鮮人が経営する、犬肉が食えるトコロ、犬肉が買えるトコロ、というのが密かに(いや、たぶん案外おおっぴらに)存在しており、タシュケントっ子の間で「アレを食べれば精力絶倫!」などと喧伝されていたのである。

                  私は実は犬肉というものを以前北京の天橋賓館で食べたことがあり、全然精力がつかないのを実証ずみだったから(笑)、ウズベキ人の「犬肉信仰」をずっと鼻で笑っていた。
                  (ついでに「蟻団子」もソコで食べた。もう、そのまんま、蟻を百匹くらい?団子状に揚げてあった。そんなもん注文するなんて、若気の至りにしても、チャレンジャーすぎる…。今では犬も蟻も蠍も食べたくない。)
                  しかし、Mまでが「犬最強伝説(とにかく犬さえ食えば万事OK。無病息災。商売繁盛、って感じ)」を無邪気に信じて、臭い油をヌリヌリしてくれるとは…。
                  なんたることだ、と思ったが、「飛行機に乗れない」とか騒いでMを一日中悩ませたのは私なので、いじらしい善意を無駄にしてはならぬ、と我慢したのである。

                  ところで、こんな形で「油」にめぐり合う数日前には私はKKと一緒にあのテジコフカ(日曜蚤の市)に行っていた。
                  そこで丁度いいサイズのムートン手袋を見つけ、買ったあとで、KKに「変な形だけど、ああ、あったかい。これ何の毛だろうね?」と訊いたら、
                  「サバーチカです。」
                  「日本語で言いなさい」
                  「…ニホンゴワスレマシタ」
                  「ウズベキ語で言いなさい」
                  「itかなあ。あれれ、日本語はinだった気がします。似てますね。」
                  「は?!英語で言いなさい」
                  「dogです。」
                  「ロシア語でお店の人に他のものと交換したいと言いなさい」

                  (店主は朝鮮人なので、ウズベキ語が通じない。朝鮮語とウズベキ語は近いにもかかわらず、朝鮮人はロシア語しかしゃべれない。これは『汎トルコ主義』に対抗していたソビエト流の『民族分断主義』の影響であろう。簡単に言えば、ソビエト政府は二つの言語の構造・文法が似ていることをなるべく認めない方針であった。だから、多分朝鮮人に対して、『ウズベキ語と朝鮮語はそっくりだから、ウズベキ語しゃべってみれば〜?ロシア語より楽だよ』とは誰も提案してくれなかったわけなのである。独立後、この国に韓国人がやってきて、ウズベキ語を話し始めたが、恐ろしく上達が早い。発音も日本人に比べて異常に上手い。私はいつも韓国人と比べられ、『ダメね〜。韓国人の発音の美しさには敵わないわね』と言われていた。その『発音の上手さ』というのは、いわゆる痰を吐くような音をなるべく汚らしく激しく発音することにかかっているので、日本人やトルコ人にはそもそも素質がない。閑話休題)

                  「…ニホンゴワスレマシタ」
                  「ヤー、ルブリュー、サバーチカ!!!(恐ろしく下手糞なロシア語で『あたし、ワンちゃん、好きなのにい!』と言っているつもり)」
                  「犬が好き?良かったですね。」
                  「誰が食ったり、着たりしたいかっつーの、ミンクのティペットと交換してよ〜(何故かミンクはOK。)ぎゃ!しかもコレ、よく見たら、子犬の形そのまんまじゃん…こんな不気味な手袋日本で出来ないよ〜(パニック!)」
                  「先生?!どうしましたか!?」
                  という一幕があった。つまり私は「間引いた子犬の皮をはいで作った?」恐怖の手袋を買ってしまったのである。
                  とにかくウズベキスタンでは、犬は油から肉から皮から全て利用しつくして、捨てるところなんてないのだ。(当たり前だが、大部分は番犬としての利用だけど)

                  ところであの犬の油だが…結果として…

                  何故だか「謎の首ツリ状態」は綺麗サッパリ…とは言わないが普通に歩ける程度には治ってしまったのである。
                  Mは「ホラ御覧。効くって言ったじゃないの!日本にも持っていって、皆に教えてあげるといいわ」と有頂天になる。
                  馬鹿げた「犬最強伝説」を自ら証明したことになり不愉快だったが、私はおそらく「Mが本気で心配したから」満足して治ったんだと思っている。
                  とことんエリカトイなのだった。

                  2006.09.19 Tuesday

                  ありふれた憂悶の日々

                  0
                    私は北朝鮮の拉致被害者家族や飲酒運転の車に子供を殺された人などがテレビに出るたびに思ってしまうのだが…。
                    いったい、かけがえのない人を・理不尽にも・生爪を引き剥がされるがごとくに・失った・ことの「ない」人ってこの世に存在するのだろうか?
                    かけがえのない人が永遠に「不在」であるという苦痛に耐え、なおかつ幸福そうに生きていくのが当然だと思っていると、かえってそういう臆面もない「悲しみの表出」に驚いてしまう。
                    同種の苦痛を生涯抱えていなければならないのに、マイクを握り締め公衆の前で、○○を返せ〜!などと叫ぶことの出来ない無数の人々。
                    その苦痛と無念の度合いは、全く同じなのである。(そんなことはない、ともし反論されたら、特別な奴など誰も居ない、と言い返したい。)
                    ただ、その背景が陳腐で、誰も同調しないし、聞く耳も持たないから黙っているしかないだけで。
                    さらに悲惨なのは、そのことに関してもはやなんら進展の望みがないので、打つべき手がなにもないのだ・・・。

                    私はウズベキスタンから引っ越すことになって、Mと別れるとき、全然悲しまなかった。
                    通常こんな僻地の国での生活を引き上げる、ということはその地の人々とは一生会えないということを意味するのだが、私はそんなことを全然考えていなかった。
                    「あなたに会いにきます。手紙も沢山書きます。」
                    とキッパリ言ってさばさばと別れた。
                    Mもそれを疑わず車を降り、窓越しに「また!」と言った。
                    彼女は「どうせすぐ会えるから」と、空港に見送りにも来てくれなかった。

                    そしてそれはちゃんと現実になり、我々はしつこく付き合い続けているのである。
                    本当に好きな者の手は決して放してはならない。
                    彼女がたとえダブルブロックドカントリー(隣国にも海がない国家のことだそーな)のど真ん中に生息していようと。
                    そういう者は多分世界中を探しても二度と見つからず、その人を失うことは世界を失うのと同じであるからだ。
                    「私はあなたが居なくては生きていけない。あなたさえ生きていれば、あとの人なんてどうでもいいから。」と私は言う。
                    「気難しいあなたがなにゆえそこまで私にこだわるの?私なんてこんなにしがない人間なのに。」と当然Mは不思議がる。
                    「さあ、なんででしょう。けけけ(…不気味)。」

                    そしてMにもその人が居なければ生きていけない、というようなかけがえのない人が居た。
                    ありきたり、といっては失礼だが…それはMの「ママ」だった。
                    ママ、と書いたが、Mはこれをウズベキ語で「momo」と発音するので「桃」と「ママ」の間のなんとも甘ったれた音になる。
                    Mは本来実に頼りなさげな女なのだが、生徒たちに舐められないように学校ではかなり厳しくやっているらしく、長女で「稼ぎ頭」だということもあって(月収なんと高校と大学を掛け持って15ドル。これはお金持ち!)兄弟たちの間でも「しっかり者」を演じることを強いられている。
                    すなわち彼女は職場でも家庭でも完璧な人格を求められていた。
                    で、例外的にMがデレデレ甘えられるのはこの世に母親だけだったので、Mはものすごくマザコンだった。無償の愛をもって彼女を優しく見守る存在といえば、彼女には「母親」しか居ないのだから、愛情のはけ口を母親にしかもたないのである。

                    私もMの母親には何度か会った。
                    でもMが「ママ」の素晴らしさを私にいつも吹き込むので、あまりMの「ママ」には懐かなかった。
                    ママのお料理、おいしいでしょ?ママのパッチワーク、綺麗でしょ?ママは強くて頭がよくてなんでもできるの・・・。といった具合だ。結構うっとうしい。彼女のママは極度に無口で、ニコニコしていて、私の目からみれば、なんの変哲もない地味な「おばあちゃん」でしかない。ママに関するいろいろな話を聞いたのだが、あまりよく覚えていない。内心「だいたいうちの母親のがずっと美人だし。」とか思って(←マザコン)すべて聞き流していた。私が好きだったのは、Mが飼っていた牛や子羊や賢い牧羊犬の話だった。ムツゴロウさんじゃあるまいし、そんなものはMにとって何の価値もないのだから、本来はママの話のほうをよく聞いてやるべきだったのだが。

                    Mはカザフスタンのサイラムという、生まれ故郷の町の思い出を語ってくれたとき、よくこう言っていた。
                    「あそこでは嫌なことが何一つ無いの。ただ、好きな人が死んだ時だけが悲しかった。悪いことはそれだけ。」
                    そしてまたひとつ「悪いこと」がおき、彼女の母も死んだのだった。死ぬはずのない病気で。夏の休暇で新米の若い医師しか居ない病院で、簡単な結石除去の手術の後、元気そうだった彼女の母親は突然容態が変わり、あっけなくこの世を去った。

                    以来、Mは絶望してしまった。
                    教師のくせに登校拒否になり、有給を使い果たした挙句果てしなくずるずると学校を休み続けた。
                    「もう、生きていたくないのよ。死ねばママのところにいける、そればかり考えてしまう。」
                    何かが彼女の中で壊れてしまった。何か、と、いうより全てが。容貌も変化した。
                    もはや誰も信じられないかもしれないが、10代前半のMは花のようにふっくらした美少女だったのである。
                    それが姉の事故死の直後(17歳くらい?)、彼女は突然皺深い魔女になってしまっている。
                    アルバムの右と左に全く違う人間の肖像があったのをよく覚えている。左側は私の知らない大きな目をした美少女で、右側は私のよく知るMだ。
                    両者の間にはわずかの時間と肉親の死が横たわっているだけで、こんなにも変わるものか、と私は呆然とした。
                    そしてまた今回、Mは顔面をイバラの鞭で叩かれたようにして急激に老いた。
                    マルグリット・デュラスが「18歳で私は年老いた」とか書いていたが(てか、そもそもデュラスは最初から美少女じゃないからどんな醜いヒキガエルになろうと惜しくもないが)、Mの変わりようといったらもう「ハウルの動く城」レベルだ。

                    そうして、一段と老いたMは、文字通り、身も世もなく泣き暮らしている。
                    私が彼女の家を訪ねたのは、母親の死から半年ほどたっていたにも関わらずそういう状態なのだった。
                    繊細にうねるあの亜麻色の髪も(何故か髪だけは美しいのだ。それを指摘したら、「Momoの髪はもっと綺麗で最後まで白髪一本なかった」と言った・・・)喪中スカーフで隠されている。
                    意外と女性が開明的であるウズベキスタンでは(確か女性の高校進学率ウズベキスタン86%、トルコ18%とかではなかったっけ。)インテリ女性がスカーフを被っている場合、まず喪中だと思ってよい。
                    私はあの強烈なロシアかぶれのMが「スカーフを被ったイスラム女性」の姿でいるのすら好きではないので、面食らうばかりだ。
                    粗末なアパート、寒々とした室内、部屋にある装飾品はすべて私の残していったもので、裸電球の濁った灯りは肩に重くのしかかる。私が到着した最初の日は食卓に皿が沢山並んでいたが、驚くべきことに最初の日に用意したものに、そのままナフキンをかけ、食べたくなったら布をはずして、ずっと毎日それを食べる、という状態なので、時間が経つにつれどんどん食事は減っていく。汁物から先に減っていくので、今では殆ど小皿にハムスターのエサのような胡桃とか干しブドウが並んでいるだけで、Mはほんの少しだけそれを口に押し込み、あとは大量のお茶を飲んで、食事を済ましてしまう。仕方がないから私は「あなたの一食って、うちの一ヶ月の電気代より高いわ」と言われたイクラ丼を勝手に作って食べていた。(ウズベキスタンではイクラはキャビアより高い。さらにウズベキのイクラは日本より高いのに、何故こんなところであえていくら丼食べているのか理解に苦しむ。勿論自腹。)

                    そして何かの拍子に「医者に渡す心づけが少なすぎたのかしら、40ドル、私にはあれが精一杯だった、ごめんなさい、ママ」などと自虐的な言葉をこみあげ、Mが涙を零すとすぐに妹に伝染し、「神さま(hudo)、嗚呼、神さま!」と言いながら二人で厳冬のカモメの仔のように寄り添ってじっと悲しみに震えるのである。
                    分厚いレンズの底から涙がたらたらと滴り、ツララのようなか細い指から手首を濡らしていく。
                    死んだ母親の枯れた乳房にすがって永遠に泣き叫んでいるこの老嬢姉妹・・・。
                    を、私は横目に眺め、ハイエナの如くがつがつ食べながら、老人に命なんかかけてたら、早晩こーゆーことになるのはわかりきっていたではないか。さあ、二度とこの類の窮地に陥らぬため、愛を分かつことを学ぶがいい。
                    そしてその一部を、私に、私にくれ、とますます食い意地を逞しくする。

                    で、「悲嘆の儀式」があまりに長いと、やにわに「いつまで泣いているの。あした、私はサイルゴフ(繁華街)に行きたい。連れてってよう!」とせっついたり、「私の贈った芥川龍之介全集(ロシア語)、どうしてちゃんと全部読まないの?」と責めたりする。「貴方だって、私の渡したアブドゥッラ・カドゥリ(ウズベキスタンの偉大な作家)読まなかったくせに・・・。」などと言い、Mは泣きながらギクシャクと笑う。「あら貴方のパジャマの柄、ママのいつも着ていた部屋着の柄(白黒のチェック)と同じだわ…。」じゃあ、あげるわよ、こんなもの、ばかばかしい。私はパジャマを脱ぐとMに投げつけ、寝床にもぐりこんでしまう。恐ろしく使い込んだシーツ類は今にも破れそうにとろっと柔らかく、中で手脚を泳がせば湯葉を舌で突き破るような危うい感じだ。私が寝ているベッドの頭のほうには本棚があり、そのガラス戸には大きく引き伸ばした「ママ」の写真が貼り付けてあるので、Mは寝る前に「礼拝」しにくる。鏡を見るが如くその写真と向き合い、なにか呪文を唱えながら、手を伸ばして写真を愛撫するのだ。Mの名前はアラビア語で「神聖」という意味だが、その姿は本当に巫女か魔女のようで、伸ばした手からずるっと写真の中に入って消えてしまってもおかしくないように思われる。恐怖にかられてうつぶせのまま布団(コルパチャ)からにょっきり顔をだし、「ねえ、死んじゃいや。」と睨みつけると、Mは分からないわ、もう私、わからないの。となおも脅すのだった。

                    2006.07.26 Wednesday

                    老嬢はヨン様を愛す。

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                      ここ数年ほど日本に居なかった人が日本に帰って一番びっくりするのは、韓流ブームとやらの隆盛ではないだろうか。
                      私は「ここは、わたくしが知る祖国ではない・・・。」と、くるりと引き返したくなった(どこへ?)クチだが、みのもんたの言うところの「お嬢さんたち」は本当に「韓流」がお好きだ。
                       久しぶりに再会した私の母も珍しく夜10時以降に起きていると思えば、「チャングムの誓い」に張り付いている有様だ。

                      「浦島太郎」な私は、当初このブームにたじろぐばかりだった。
                       しかし、最初の強烈な違和感が去ると、私の居ない間に日本はもはや決定的に後戻りのできない道を歩んで久しいのだということを納得するしかない。
                       泣こうがわめこうが、韓国なきメディア、はもはや「永遠に失われた古き良き過去世界」となったのだ(私の記憶ではかつて韓国人が日本のテレビに映るのは外国で飛行機が落ちたとき、しかなかったよーな。しかも、髪を振り乱し、あいぎゃーーー!と集団で泣いている、というシチュエーション)。
                       メディアの変容を認めざるをえないとなると、この「韓流」についていけないこと自体が、単なる老化現象(=新しいことを受け付けない)なのでは?と反省し、頑張って韓ドラを見てみようとしたが・・・やはり駄目。

                       実は私はトルコ・ドラマは結構好きなのだ。トルコ人が勝手に熱かったり、勝手に幸せだったりするのを冷え冷えと『愛無き世界』から眺めるは大丈夫なのだが、韓国人はだめだということだろうか?この拒絶反応の理由は定かでない。

                       ちなみに韓国人のお友達は3人ほど居たことはあって、皆ものすごく良い人だった。海外で韓国人にエラい目にあわされた経験をもつ日本人は多いが、私にはそういう経験は幸か不幸か、殆ど無い。一緒に居ると自分の悪辣さが際立つので、絶縁するに限る、と思ったほどだ。韓国にも何度か遊びに行ったことはある。サウナ好きの私には楽しい旅だった。
                       つまり、結構親しみを感じてもいいはずなのに、それでも、なぜか全く韓流に乗れないのだった。。。

                       (あと、どーでもいいことだが、私の『テレビ・デビュー』は実は韓国のテレビだった。トルコの有名な魚温泉につかってたら、韓国のクルーが取材に来て、半裸を見られたくないトルコ人のおばさんたちが全員逃げてしまったので、私がなぜか常連客(トルコ語でgedikliという)のふりをしてドクター・フィッシュに食われながらインタビューに答えたのだった。撮影の後、皆で温泉に漬かりながら取材班が私を喜ばせようとして?『キャンディ・キャンディのテーマ』を上手に歌ってくれたことを思い出す・・・。そのときのリポーターの女優がものすごい美人だったので友達になったのだが、『愛』について徹夜で語った挙句、その後もわざわざ私の居る国までせっせと国際電話をかけてくれたりした!熱すぎる!トルコ人以上だ。今思えば、『愛なき世界』で地を這う私と、『純愛の国(??)』から来た美女が、愛を語るのはまちがっとる・・・。)

                      んで、そんな私なのだが、この前、Mの持ち歩いている「携帯用アルバム」の中になんと、男〜!男の写真がある!と思ってひったくってみると、

                      ・・・見たことのあるよーな、ないよーな東アジア人がにへーっと笑っていた。

                      私の知っているMは極度に男性に対する警戒心が高く、親兄弟以外の男性の写真を肌身離さず持ち歩くようなことは決してしない人なので、「これ、誰?!」と思わず気色ばむ。
                      Mは大いに照れながら「ちがうのよ。これね、俳優さんよ、チュンサンなの・・・。」と告白した。
                      「チュンサン?変な名前・・・朝鮮系?(ウズベキ人の人口の5%は朝鮮系である)」
                      「テレビドラマに出てるの。大人気だったのよ。バエ・ヨング・ジューン・・・っていうの。」
                      「・・・(鳥肌)。」

                      Mよ!M、お前もなのか?「ひょっとして、冬のカノンって奴、ウズベキスタンでも放映されたの?」
                      「冬のソナタでしょう。素敵だったわ。あの歌もいいのよね、彼、去年タシュケントにコンサートに来たのよ・・・。」
                       ああ、なんというヨン様の普遍性!日本の「お嬢さん」たちだけでなく、中央アジアのど真ん中で、生粋の乙女のMの心まで盗むとは!!!まさしくユニヴァーサルな乙女キラーだ。
                       当然、私は「あんな奴のどこがいーのよー!!!わあああ。先生、変だ!」と大騒ぎしたのだが、Mはいつに無くうっとりし、○○(忘れた)のシーンのあの台詞が素敵、北極星がどーのこーの、親同士が婚約者だからどーの、もし私がユジンだったら・・・などと夢見心地なのだ。
                       あんた、40歳にもなって、そんなタワケたこと言ってるから、ヤキが回るんだよ、あんたが手を打つべきはこんな純愛モードの韓国人じゃなくて、あのがっつり生活力のありそうな空軍出身のパイロットだったんだよー!と私がぴーぴー喚くのも耳に入らないらしい。

                       しかもM家のテレビって、どこかのゴミ捨て場から拾ってきたほうがまだまし、ってくらいの、「砂嵐」のなかに微かに人影が見える程度の代物なのである。叩いて調整しようという気も起こらないほどひどい状態の「白黒砂嵐の見える箱」を、彼らは『テレビゾール』と呼んでいる。(これはロシア語。独立後、でっちあげた新生ウズベキ語ではテレビのことを『世界を映す鏡』と言う意味で『oyna鏡』と呼ぼうという運動がある。こんな歪んだ鏡がどこにあるというんだ!)
                       そんなテレビで何をみてもちっとも面白くないからこそ(面白くないどころか見ているほうが、むしろ苦痛だ)、この家では日本でも昔はそうだったように、通常はテレビにレース・カバーがかかっており、なにか事があるともったいぶってそれを外すようになっていた。
                       通常の平均視聴時間は週に一度、30分くらいなもんで、私はこの家では必要なときにニュースを見るだけなのだろう、と長年信じていた。
                       なのになのに!Mはこのオンボロテレビでちゃっかりと「冬ソナ・ブーム」に乗っていて、話の筋も完璧に追っかけていて、給料の何分の一かをはたいて主演男優のブロマイドを買い、後生大事に持ち歩き、主題歌まで口ずさんでいるのである!(私はといえば「いと、うつくし」の大型プラズマテレビの前で吐き気を催すばかりだというのに・・・。)
                        それは私にとって、魔女鼻の老嬢教師が振り返ると(Mは学校では結構厳しい先生なのだ。私には甘いけど。)、なんと頬を染めキスを乞う長澤まさみだった!というくらいの衝撃的な姿だった。
                      そして、貧困と過労に喘ぐ男性恐怖症のこの老嬢に、砂塵の舞を何時間も見続ける情熱を与えたその人こそ・・・ヨン様なのだ!!!


                      ヨン様、恐るべし!
                      実生活において、「淡い初恋」すら一度も抱いたことがないというMを、この年にして、こんなにも突然、甘ったるい妄想にふけらすなんて!
                      (ところでウズベキスタンでは一般的な初恋年齢を18歳に設定している。『18歳にならない者はない』というのは『恋をしない人間はいない』という意味だ。ちょっと遅くないか?で、つまりMは『18歳にならなかった』稀有な女だった。)
                       Mはあの砂嵐状のヨン様によって、生まれて初めて「恋心によく似たせつない感情」で心を湿らせ、不惑にして「18歳になった」わけなのだ。
                      この地球上に「韓流」なかりせば、Mは生涯恋の片鱗すらも知らずに死んだことだろう。
                      私は韓流の純愛が「老いた乙女」を刺激する威力を、またしてもまざまざと思い知ることとなった。

                       ・・・実はMからまた手紙が来ていて、「脳圧が高く、くらくらします。あなたの世話になどなりません。カザフに帰ります。」などとまた暗いのだが、ヨン様Tシャツでも送りつけてみよーかと思う今日この頃である。ウズベキ語で手紙書くの億劫だから、「これでも着てぐっすり寝て潤いな!」と一言だけ書き添えて。

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