トゥルキスタン夜話

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2006.12.25 Monday

ハッピーラインは超お得!

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    何故か、怒りに包まれている。
    毎年11月は鬱の季節なのだが、今年は「可愛がっていたものだけでも」3匹のペットをたて続けに亡くした(実は人間も失くしているがそれはどうでもいい。だいたい「ペット好きな人間」のことは大嫌いなくせに、なぜ私は動物好きなのだろう?)。実に命日は7日、23日、30日。7日に死んだ愛い奴を偲んで書いた短編の推敲も終わらぬうちに、死が続き、ついに私はあてどなく文章なんか書くのが嫌になった(こうして中途半端な雑文が沈殿していく)。怒りの余り気分が安定しないのだ。ペット・ロスに泣き暮らすなら兎も角「あなたの醜さが(しかも心の、ではなく、外見の)、許せないわ。」と憤怒で目のふちを赤くして無言でいる事が多い。「なんて醜いのかしら、今までよく側にいられたものだわ・・・。」「こんな醜悪な人間がいくら金を積もうと猫の一瞥ほどにも私を喜ばせない。」「どう親切にしても無駄。あなたは醜いから。いつか一番酷い遣り方で裏切ってやる。」「あ・な・た・こ・そ・死・ね・ば・よ・かっ・た・の・に。だってそんなにも醜いもの。」等々。そんなことばかり考えて平静を装って居るので12年ぶりに顔面にチックが走る。

    (誤解を避けたいので断っておくけど、認識者である私はアッシェンバッハのよーに、光野桃のよーに、斎藤薫のよーに、藤原美智子のよーに、美的にいまいち。でも村上龍とか安部譲二とか椎名誠とかが「こんなブスとは寝たくない」みたいなことを週刊誌上でホザいて、全国3000万人位から「おうおう、お前らの汚い顔でよく言うわ、こっちがお断りだ!」と突っ込まれているよりは幾分マシかと自負している。)

    ・・・と、言うわけで私は温泉に向かうのであった。
    (ちなみに去年の今頃、トルコで「ウンコ雨」が降ってきて、温泉に避難した時も全く同じ事を書いた→『我々日本人は、どんなに気分がクサクサしても温泉に行けばたいがい幸せになれる不思議な生き物である。 かくて、私は温泉に向ったのでありました。 まさにモラルの洗濯!日本語の意味で「倫理を洗う」ことができればよりいいのだが』否、倫理は絶対に「洗えない」。私は攻撃的で意地悪で薄情でそれは一生治らない。はした金で笑うこともあるけれど半日が限界。)

    しかも日本に居ることにもウンザリしたので、わざわざ海外の温泉にまで足を伸ばした。(私は実は海外温泉魔で、ヨーロッパ、中東、カフカス、北欧など、やたらと海外で温泉に行く。その国に温泉があると聞けばとりあえず行かずには居られない。で、温泉王国として私が好きなのはヨルダンだったりする。)
    私が温泉に行く場合「効能」と「泉質」にしかこだわらないので、私は今回、ひたすら放射能(?!)を求めてその温泉に向かったのであった。ひたすら、あー腹が立つ、温泉いくぞ、温泉、としか考えおらず、何の準備もしていなかったのだが、現地に到着してから気付いた。私はそういえば・・・、中国語が出来たのだ!中華圏に向かいながら、自分が現地語ができるかどうか「忘れていた」というのも変な話だが、空港で現地語のザワメキが耳に入るまで、本当にすっかりそのことを失念していたのである。(私は実は中国語が専門で、トルコ語は、わざわざ一年間「切り替え」期間を設けて晴れて大学院デビューしたのであった。)

    そして私は10年ぶりくらいにおそるおそる中国語をしゃべってみた。
    そうしたら、なんとなんと・・・通じるではないか!
    そして、なんとなんと・・・相手の返事が全く分からないではないか!(笑)
    10年の間に、全然使っていなかった私の中国語は腐り果て、「自分の言いたいことは最低限言える」、「相手の言うことはよくわからない」というレベルにまで堕ちてしまっていたのだ。

    で、なんとなんと、私はその状態で中国語をしゃべり続けるうちに非常に・・・非常に・・・ハッピーになってきたのである!!!
    要は絶妙に下手な語学力がもたらす全能感に酔った、と言えばいいのか。自分の要求は、アー、とかウー、で分かってもらえる。相手の言うことはまるでわかんない、という状態は実は「赤子」の置かれている環境に似ている。昔、私は中国語が結構出来たので、ひたすら中国では不幸であった。中国と聞いただけで、無条件拒否反応が起こるほど大嫌いな国でもあった。
    しかし、この状態だとなんというか全てが「うまく行っている」ように感じる。
    そう、語学には「幸せのピーク」となる分岐点があるのではないか?
    あるラインまで「下手に」なると、多幸感がやってくる、というか。
    これをなんと名づけよう、うむ、「ハッピーライン」としよう、と、とある茶芸館で出された烏龍茶をママゴトじみた作法で飲みながら命名した次第である。

    その後も私は「硫黄の匂いを嗅いでみよう!」と書いてある穴に一生懸命耳をくっつけたり(だって『聞』ってあったから・・・)、閉店時間を過ぎた店で「この店に入りたいばかりにわざわざ日本から来たんですけど・・・(嘘)」と哀れみを誘って居座ったり、食べきれないほど出てきた料理を「ワタシ、こんなに食べれない。ドウシテクレルカ。残したらもって帰るからアナタ包むアルヨ」と言った挙句、結局全部食ったり、結構好き放題していた。そして何をするにせよ自分の言い分は全部通って「楽〜!」なのだ。
    こんなに幸せで居られるなら「精進」しなくたっていいじゃん、「ハッピーライン」で永遠にとどまっていればいい、語学なんか磨かなくていい、という気すらしてきた。

    そもそも、私は固く信じているのだが、外国語を勉強すると母国語能力が確実に「落ちる」。
    何ヶ国語もマスターしていながら母国語も完璧、という人も居るには居るだろうが、多分例外じゃないかと思う。
    なにを隠そう私の日本語能力は、中国語とトルコ諸語という「黒船」のお陰でズタズタになってしまった。
    義務教育であるはずの英語に関しては・・・私は当時、自分の日本語世界、自分の文体、自分の言葉に、異常に固執していたため受け入れる余地がなかった。
    ・・・と、言えば格好良いが呆れるほどに英語が出来なかったために、その段階までは美しい言葉を守りきれていたのである。私は当時、蓮實重彦のいかにも頭のよさげな文章が、文学少女風味を帯びたような、硬質で神経質で耽美的な文体と膨大な語彙力を持っていた。・・・と誉められていたものだ。しかし小学生の時から続き、他になんのとりえもない私を割りといい気にさせていたその称賛も、高校時代を最後にぴたりと止む。要は中国語を始めてからだ。外国語が入ってくる前までの栄光だったのだ。
    (実のところ日本語崩壊は外国語襲来のせいだけかどうか、原因はよくわからない。だが私は自分の精妙なバランスの上に成り立つ日本語能力を守るためには、外国語学習は悪でしかないと早くから直感していた。だからこそ英語の成績が悪いのを恥じたりはせず、そこまで純粋に自分の言語世界を守り通すことを尊いと信じていた。当時私は大真面目に「高い日本語能力で」食っていくつもりだったのである。外国語なんて一生必要ないと思っていた。しかし、遠い昔の話なのに、元同級生のブログに『なんとも英語の成績が悪い奴だった。』と書かれているのを目にしてしまい・・・軽くショックだった。21世紀まで語り草になるほどかえ?)

    その後私は、何の因果か外国語を受け入れるようになり、そしてある時点で(土屋アンナのよーに)スタイルが崩壊した。

    (いや、「何の因果か」ではない。中国語の学習には密かな打算があって、それはより高い日本語能力を獲得したい、ということであった。周知の如く日本語には漢語がたっぷり含まれる。私は割りと正確無比な漢字熟語に頼る形で文章を組み立てるタイプだったので、漢字に精通することは即ち、日本語を高めることと同義…に思えたのである。しかし、中国語と日本語は当たり前だから全然違う!私にとって最大の違いは『拍(面倒くさいし異論が多いのでコレについては深く説明しないが、とにかく中国語と日本語はタンゴとワルツのように拍が違うの!声調とはまた別の話ね)』だった。打算があったせいで私は最初の黒船を自ら脳に招き入れてしまい、以降雑音に悩まされるのだ。)

    これをして母国語能力が落ちる、と言っているのだが、私が言う、「美しい母国語」とは「作家レベル」を指すわけだから、普通の人が言う「美しい日本語」とはちょっと違うかもしれない。私だって別に日本語が不自由になったわけではない。しかし、もうあの審美のレース細工のごとき緻密な文章が書けなくなった。語彙も貧相になり、昔知っていた言葉など、今ではもう半分も分からない。

    そして・・・私は明らかに昔より「は」、幸せになった!
    語彙力が下がる、ということは、一切を単純に考えるようになることに等しい。
    別に「御納戸色」なんて言葉知らなくても「黒っぽい」で実は事足りてしまうし、「跛行状態に陥る」ではなく「うまくいかねー」で十分だ。そのほうがぐちゃぐちゃ考えるより幸せでいられる。
    そう、日本語も「ハッピーライン」に近づきつつあったのかもしれない。

    だから、自分の日本語能力に自信がある人、不幸を背負ってでも常人の見えぬ深淵を覘きたい人は、外国語なんか勉強してはいけない。外国語教育などテキトーにやり過ごして、この世のなによりも価値があるはずの自分の文体を最後まで守り抜くべきだ。凡人レベルならともかく、この国の最高レベルを目指すなら、おそらくそれ以外方法はないはず。脳に外国語の文法や単語なんか入れる隙間が残っているなら、日本語の文章パターン、言葉の在庫を出来るだけ増やし、世の理不尽と悲しみを感受し、濃縮し、核融合させ、奇跡を起こすべきなのだ。(と、私は信じている。外国語できる小説家だって多いじゃん、と反論があるだろうから、言っておこう。そんなもん、煮詰まったときに、翻訳が出されそーもない駄本からこっそりアイデアをパクるためにきまっとる!例外は塩野七生だけ。)

    しかし、日本人は「外国語がペラペラしゃべれるとカッコイイ!」という迷信にほだされて?、一人、また一人、と素晴らしい潜在能力の持ち主が脱落してくのだった・・・。もったいない話ではあるではあるが、お得なハッピーラインでの現実生活を考えると、それも責められる話ではない。(てか、責めないでw)

    で、かくて私は、中国語については潔くハッピーラインを一生守りぬく(これ以上上手くなることは断固放棄する)と決意したのでありました。
    なんのために?失われた日本語能力を多少なりとも取り戻し、もっと「正確に」不幸になりたいので。
    いや、この陳腐な憂鬱を腑抜けた言語能力でやり過ごしたくはないので。
    根性が曲がり、誰も愛せず、審美眼だけがぎらぎらしている私にはそれが相応しい気がするので。




    NOT:お得なハッピーラインだからこそ、長く留まらないと損です。だから、「トルコ語って超簡単!ありえないくらいしゃべれて自分でも気持ち悪い」とかウカれてる段階の人をみても、「ああ、ハッピーライン上のヒトだ・・・。輝いてるねえ」と暖かく見守るべし。日本語をそのままトルコ語の単語に置き換えて書いているだけの「トルコ語日記」とか、盛大に誤訳しながら、さもわかったような事書いているトルコ語系ブログ(ココ含む)とか見ても「どうぞ末永くお幸せに。」と祝福すべし。皮肉じゃなくて、ホントに。
    (ま、私の周囲のレベルはかなり高いから、比較すると私もとても幸せなほうです・・・ありがたし。)

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