トゥルキスタン夜話

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2006.05.08 Monday

金と名誉と生きがいと…。

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    以下の話はあまり子供に読んでほしくない。
    子供と言ってもこ30歳40歳を過ぎた子供も沢山いるだろうから、こう言い換えるといいかも。

    世の中に絶望していない人間は読まなくてよろしい。

    私は、なぜ日本人が西洋コンプレックスなのか、分かった気がする。
    西洋に行った先人たちが「モトをとりたがった」ためではないか。
    モトをとりたがった、とは抽象的な言い方だが、はっきり言えば金だ。金なのだ。
    もしくは、名誉。もしくは社会的地位。ともいえよう。でも究極のところ、金だ。
    ああ、金なのだったら!

    私がこのことに気づいたのも、結構最近のことである。

    一番最初のページに、私は「トルコ愛」における3つの段階変化を書いた。
    これは、ま、とある新聞記者の言い分のパクリなわけだが、私の意見は実はこうだ。
    1.トルコを好きになる段階。
    2.トルコを嫌いになる段階。
    ここまでは同じ。
    で、
    3.はと言うと・・・
    「そこから利益を得る段階」
    なのだ!

    利益というのは、往々にして「金」だ。
    その内訳も「給料」から「奨学金」までいろいろあるわけだが、とにかくトルコ人なら日本と関わることで、日本人ならトルコと関わることで「金(利益)」をもらう段階になるわけである。
    金以外には「名誉」、というのもある。
    トルコ国内にも日本国内にも「トルコセレブ」「日本セレブ」とでも命名したいような、特定の国と関わることによって、その国向けには「名士」ということになっている人種というのが沢山生息している。
     「名誉総領事(特定の国同士の友好関係の構築に貢献したお金持ちが、総領事という名前を貰う、という摩訶不思議な制度。本物の総領事とも勿論直接親交する。莫大な金を持ってるので、概して本物の総領事より総領事っぽく、エラそう。)」というのもトルコではかなりのステイタスを誇っているし、同様の人種は日本にもいる(故大屋政子がそうだったらしい…)。別にそこまでいかなくても、最下層のパーティー・ホッパー達(なんらかのコネがあって特定の国が関わるパーティーには顔を出すことができる。その実態は夕食代をカナッペをつまむことで浮かしつつ、セレブ気分を味わい『別格扱いされる自分に酔う』うというもの)だって、まあ、日本もしくはトルコと関わることで、ある種の「ウマイ汁」を吸っていることは確かだ。

    この段階まできてしまうと「好き」とか「嫌い」とかはどーでもいい話だ。
    いや、もっと露骨に言ってしまおう。
    この段階まで来ると「好き」と公言したほうが「得策」だ。
    そのほうが「儲かる」。そのほうが「得」。
    だから、この段階に来た人間達の「トルコ好き」もしくは「日本好き」は常にマユツバと思ったほうがいい。
    トルコ人は案外功利主義ではなかったりするので、さんざん「日本コネクション」を利用しておきながら平然と「日本大嫌い!」と言う人も居なくはないが、日本人でそーゆー天真爛漫な人はまず居ない。少なくとも私は会ったことがない。私が思うに日本人はトルコ人より「しつこく」海外コネクションを生涯にわたって利用する傾向があると思う。それは裏を返せば日本社会では「海外とツナガリがあること」がトルコ以上に価値を持つ、のかもしれない。日本人は「トルコ嫌い!」などと本音を言って中途退場することを「もったいながる」。

    勿論、この法則は日本−トルコ間に限ったことではなく、ありとあらゆる国に言えることで、特に「欧米帰り」の人々は同じメンタリティーをもってして、自分達の「ツナガリ」を利用してこの150年間盛大に金を儲けた…のではあるまいか。(もっと昔にさかのぼれば中国帰りをウリにして利益を得た人々が沢山居た。)
    彼らが本当にその国を良いと思ったか、愛しているかなどもはや誰も知りようがないが、その国を紹介し、褒め称え、見習おうと連呼することで、「利益を得た」人々が居たのは確かなのだ。
    (超能力者でない私は他人の心は読めないから、その事実以外信じようがない。)

    で、彼らのメシの種であるその「ツナガリ」を持つに至るまでは、時間及び金銭の先行投資がなされたこともまた事実。
    だからこそ、多くの人は投資した分を取り戻し、なるだけ増やすことに必死だ。
    「モトをとる」には、自分と関係のある国を貶めるよりは褒めるに限る。
    卑近な例をとると「今、フランスではコレコレが流行ってて、滑稽です。アホですね〜。笑ってやりましょう♪」という記事より「今フランスではコレコレが流行ってて素敵です。私はいち早く取り入れました。皆さんもどうですか♪」という記事のほうが、総合的にみて自分を高く「売れる」。

    だから欧米に自己投資した人は欧米を「必要以上に」誉めがちだ。
    欧米を持ち上げることで、それとリンクする自分の価値も高め、その経験をより高く「売る」のである。
    パリに住んだ人々は、パリの価値を高めることで、そこに居た自分の価値を高め、金を儲けたり、なんらかの社会的地位を得たり、最もささやかな報酬としては『自己満足』に浸ったり、するのだ。
    (そーゆーことが乱発され、もはや地球はあたかも「素晴らしい国だらけ」になってしまった)

    で、こーゆー人々の密かな銭勘定を、純朴なコドモ達は見抜くことができず、その誇張された情報に踊らされウットリして、「あー、いいとこなんだなー。うらやましいなー。」とか真に受けてたりしたのではないだろうか?(とある地方都市で中学校の卒業文集を読む機会があったのだが、驚くべき数の生徒が「海外で活躍したい!」と抱負を語っていた。。。きみたち、生存競争に必死な大人が作った安いイメージに踊らされてないかい?とか思えてしょーがなかった。)
    勿論、私が書いたこと「だけ」がこの払拭し難い西洋コンプレックスの原因ではないだろーが、一理、あるのでは?と、最近ふと思い当たったので忘れないうちに書き留めている次第なのだ。
    そして勿論私ももはやオトナなので、こういう殺伐とした営為をニッコリと受け入れるしかない。

    と・・・いうわけで、現在トルコが嫌いな大人の皆さま。
    すっぱりトルコと縁を切るか、コネや語学力を活用して第三段階に移行することをオススメします。
    かくいう私は長らく縁のあった「某国」と縁を切り(どうしても耐え難かったら今までの投資を潔くドブに捨てるが吉。もったいないけど、それも人生!)、トルコという国の第三段階を生きているのでありました。。。殺伐と(笑)

    NOT:
    最後まで読んで、この世に絶望ってほどのことではないのでは?と思った方…いや、こういう光景が当然になってくると、やはり絶望、に近い感慨が心を吹き抜けるのです(少なくとも私は)。
    しかし私は同時に「心の貧しさ」をこそ愛する者なので、これでいいのであります!

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