トゥルキスタン夜話

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2006.05.31 Wednesday

眼鏡女教師とパイロット

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    Mから手紙が来た。
    ウズベキスタンから来る手紙は常に私を身構えさせる。
    「金の無心か?」
    という「ドキドキ感」が最後まで払拭できないからだ。
    もしくは、何らかの要求…「日本で働きたいからビザなんとかしろ」とか・・・。

    Mの手紙だけが、いつでも淡く哀しい。
    自分を理解してくれる話し相手が居ないこと、仕事が辛いこと、身内の近況(私には変ったことはないけど、○○さん覚えてる?あのひとがね…と言った調子)、などが几帳面な文字でつづられている。綺麗だがかなり読みづらい文字だ。「あなたはまだウズベキ語が読めるのかしら?いいわ、独り言だと思って書くわ。」などといつも書いてあり、私はこの手紙を読むためだけに他に全く用途もないウズベキ語(それもキリル文字)を忘れるわけにはいかなくなっている。で、今回は…

    病に倒れた、とある。

    私は実は会ったときから、Mは早晩死ぬだろうと感じてきた。
    結核の後遺症が消えず、変な咳をこんこんしながら仕事を詰め込み、肉を買う金もなく痩せ細って、よく眼も見えないこの人はとうてい長生きするとは考えられない。
    Mの兄弟のうち3人はすでにこの世になく、正直あの状況で今まで彼女が生きていたのすら奇跡的とすら言える。
    ウズベキスタンにおいて人の命は羽のように軽い。
    皆、簡単な病気でポロポロと死んでいく国なのだ。

    彼女は何のために生きたのか?
    なんといっても彼女は教育者で、長年の苦労の末、3回も大学院に入りなおして助教授にまでなったのだから、おそらく児童心理学、になにか「新しい貢献」をした、もしくはしたいと思っているはずだ。
    便所の灯りより暗い裸電球の下で、紙スレスレに顔を近づけながら、彼女がカリカリと書き綴って自費出版したコピー本よりも粗末な書物、それはロシア語なので私には読めない。(ウズベキスタンでは売れる本以外は自費出版するしかないのだ)
    そのことも悔しい。
    最悪、彼女が死んでもいいので、彼女が何を「なした」かは理解したいし、それを残したい。

    そんなMにも私の知る限り一度だけ縁談が持ち上がったことがあった。
    ウズベキの婚姻システムは「サヴチ」という「仲介婆さん(私のイメージ的には『金瓶梅』とかにでてくるよーなゴウツクなイメージなのだが。。。)」が年頃の娘のところへ、結婚したがっている男の情報を持ち込み、親同士で縁談をまとめるというものだ。
    それを聞いて私が「げ!昔の中国とか日本みたい。やだ〜。」と顔をしかめると、Mは「あら、ウズベキは良いほうよ、カザフスタンなんて夜這い婚(嫁さらい)があるのよ。」とけろっと言った。
    男が夜、娘の家に忍び込み、おんぶして連れ去ってしまうそうな。
    ま、それにもいろいろ機微があって、本人同士が示しあって予めカギを開けておいたりするそーで、ある意味、親同士が決めるより「恋愛結婚」に近いものがあるそうなのだが。
    で、Mはウズベキ人だからか、インテリだからか、フェミニストだからか知らないが、夜中に拉致されるなんていうのはやはり嫌で、さっさとウズベキに越してアパートを買ってしまった。
    しかも猛烈なロシアかぶれのMは、タシュケントで一番ロシア人の多い地域にわざわざアパートを買ったのだ。
    それは、以前はアル中のユダヤ人が住んでいた部屋で、どこか荒んだ、下町人情などとは縁のないアパートだ。
    サヴチが来るにはそもそもご近所づきあいの緊密な実家に住んでなければならないわけだから、Mは自ら縁談なんぞもちこまれない道を選んだのだである。

    そんなMにおそらく「最後の縁談」が舞い込んだのはもう5年も前のことになる。
    それはなんと子持ちのウズベキスタン航空の「パイロット」で、確か妻と別れて子供の世話に困るので女なら誰でもいいから来てほしい…というミモフタもない理由でのことだった。
    おりしも私がウズベキスタンから引っ越すぎりぎりの時で、「じゃー、パイロットと結婚したら、操縦席に乗せてもらって毎日私に会いに来てよ、先生。」などと、私もうかれて喜んだ。
    結局その話はすぐに流れてしまったのだが、地を這うヤセギスの女教師Mと、空を飛ぶ子持ちオヤジ、の組み合わせは妙に印象的で、気に入っている。
    私は孤独を寂しがるMに対して、いまだに「そんなことゆーんだったら、あのときパイロットの嫁になってればよかったのに!」とからかう。
    Mにとってはとっくの昔に「過去の人」なわけで、「忘れたわよ、そんな話!」と怒る。

    私は今でも思い浮かべることがある。
    髭を生やした鷹揚なおっさんがMの細い腰を抱えてパラグライダー風に空を飛ぶようなイメージ、を。
    それはちょっと、映画「タイタニック」のワンシーンのようで、茶色の眼鏡の奥でMが強い逆風に涙を撒き散らす、その彗星のような光芒までが想像できる。

    ほんとうにほんとうに本当に末期的な状況なのであれば、私は彼女をひきとって一緒に暮らしたいと考えている。
    果たして、私は彼女を抱えて飛ぶことができるのだろうか???
    てか、普通「家族が増える」といえば「アレ」と「アレ」しかないこの国で、私は何をしようとしてるのか…。

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    平仮名とカタカナ
    中国語には平仮名やカタカナがありませんので、日本語で平仮名やカタカナの名詞は漢字に変換するしかありません。このため、カタカナ名で身近な物(カレンダーとかカッターナイフなど)を中国語で読み書きできるようになるまでは、私も相当苦労しました。最近は日本でも名
    (中国語千本ノック 2007/04/03 7:26 PM)

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