トゥルキスタン夜話

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2006.07.26 Wednesday

老嬢はヨン様を愛す。

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    ここ数年ほど日本に居なかった人が日本に帰って一番びっくりするのは、韓流ブームとやらの隆盛ではないだろうか。
    私は「ここは、わたくしが知る祖国ではない・・・。」と、くるりと引き返したくなった(どこへ?)クチだが、みのもんたの言うところの「お嬢さんたち」は本当に「韓流」がお好きだ。
     久しぶりに再会した私の母も珍しく夜10時以降に起きていると思えば、「チャングムの誓い」に張り付いている有様だ。

    「浦島太郎」な私は、当初このブームにたじろぐばかりだった。
     しかし、最初の強烈な違和感が去ると、私の居ない間に日本はもはや決定的に後戻りのできない道を歩んで久しいのだということを納得するしかない。
     泣こうがわめこうが、韓国なきメディア、はもはや「永遠に失われた古き良き過去世界」となったのだ(私の記憶ではかつて韓国人が日本のテレビに映るのは外国で飛行機が落ちたとき、しかなかったよーな。しかも、髪を振り乱し、あいぎゃーーー!と集団で泣いている、というシチュエーション)。
     メディアの変容を認めざるをえないとなると、この「韓流」についていけないこと自体が、単なる老化現象(=新しいことを受け付けない)なのでは?と反省し、頑張って韓ドラを見てみようとしたが・・・やはり駄目。

     実は私はトルコ・ドラマは結構好きなのだ。トルコ人が勝手に熱かったり、勝手に幸せだったりするのを冷え冷えと『愛無き世界』から眺めるは大丈夫なのだが、韓国人はだめだということだろうか?この拒絶反応の理由は定かでない。

     ちなみに韓国人のお友達は3人ほど居たことはあって、皆ものすごく良い人だった。海外で韓国人にエラい目にあわされた経験をもつ日本人は多いが、私にはそういう経験は幸か不幸か、殆ど無い。一緒に居ると自分の悪辣さが際立つので、絶縁するに限る、と思ったほどだ。韓国にも何度か遊びに行ったことはある。サウナ好きの私には楽しい旅だった。
     つまり、結構親しみを感じてもいいはずなのに、それでも、なぜか全く韓流に乗れないのだった。。。

     (あと、どーでもいいことだが、私の『テレビ・デビュー』は実は韓国のテレビだった。トルコの有名な魚温泉につかってたら、韓国のクルーが取材に来て、半裸を見られたくないトルコ人のおばさんたちが全員逃げてしまったので、私がなぜか常連客(トルコ語でgedikliという)のふりをしてドクター・フィッシュに食われながらインタビューに答えたのだった。撮影の後、皆で温泉に漬かりながら取材班が私を喜ばせようとして?『キャンディ・キャンディのテーマ』を上手に歌ってくれたことを思い出す・・・。そのときのリポーターの女優がものすごい美人だったので友達になったのだが、『愛』について徹夜で語った挙句、その後もわざわざ私の居る国までせっせと国際電話をかけてくれたりした!熱すぎる!トルコ人以上だ。今思えば、『愛なき世界』で地を這う私と、『純愛の国(??)』から来た美女が、愛を語るのはまちがっとる・・・。)

    んで、そんな私なのだが、この前、Mの持ち歩いている「携帯用アルバム」の中になんと、男〜!男の写真がある!と思ってひったくってみると、

    ・・・見たことのあるよーな、ないよーな東アジア人がにへーっと笑っていた。

    私の知っているMは極度に男性に対する警戒心が高く、親兄弟以外の男性の写真を肌身離さず持ち歩くようなことは決してしない人なので、「これ、誰?!」と思わず気色ばむ。
    Mは大いに照れながら「ちがうのよ。これね、俳優さんよ、チュンサンなの・・・。」と告白した。
    「チュンサン?変な名前・・・朝鮮系?(ウズベキ人の人口の5%は朝鮮系である)」
    「テレビドラマに出てるの。大人気だったのよ。バエ・ヨング・ジューン・・・っていうの。」
    「・・・(鳥肌)。」

    Mよ!M、お前もなのか?「ひょっとして、冬のカノンって奴、ウズベキスタンでも放映されたの?」
    「冬のソナタでしょう。素敵だったわ。あの歌もいいのよね、彼、去年タシュケントにコンサートに来たのよ・・・。」
     ああ、なんというヨン様の普遍性!日本の「お嬢さん」たちだけでなく、中央アジアのど真ん中で、生粋の乙女のMの心まで盗むとは!!!まさしくユニヴァーサルな乙女キラーだ。
     当然、私は「あんな奴のどこがいーのよー!!!わあああ。先生、変だ!」と大騒ぎしたのだが、Mはいつに無くうっとりし、○○(忘れた)のシーンのあの台詞が素敵、北極星がどーのこーの、親同士が婚約者だからどーの、もし私がユジンだったら・・・などと夢見心地なのだ。
     あんた、40歳にもなって、そんなタワケたこと言ってるから、ヤキが回るんだよ、あんたが手を打つべきはこんな純愛モードの韓国人じゃなくて、あのがっつり生活力のありそうな空軍出身のパイロットだったんだよー!と私がぴーぴー喚くのも耳に入らないらしい。

     しかもM家のテレビって、どこかのゴミ捨て場から拾ってきたほうがまだまし、ってくらいの、「砂嵐」のなかに微かに人影が見える程度の代物なのである。叩いて調整しようという気も起こらないほどひどい状態の「白黒砂嵐の見える箱」を、彼らは『テレビゾール』と呼んでいる。(これはロシア語。独立後、でっちあげた新生ウズベキ語ではテレビのことを『世界を映す鏡』と言う意味で『oyna鏡』と呼ぼうという運動がある。こんな歪んだ鏡がどこにあるというんだ!)
     そんなテレビで何をみてもちっとも面白くないからこそ(面白くないどころか見ているほうが、むしろ苦痛だ)、この家では日本でも昔はそうだったように、通常はテレビにレース・カバーがかかっており、なにか事があるともったいぶってそれを外すようになっていた。
     通常の平均視聴時間は週に一度、30分くらいなもんで、私はこの家では必要なときにニュースを見るだけなのだろう、と長年信じていた。
     なのになのに!Mはこのオンボロテレビでちゃっかりと「冬ソナ・ブーム」に乗っていて、話の筋も完璧に追っかけていて、給料の何分の一かをはたいて主演男優のブロマイドを買い、後生大事に持ち歩き、主題歌まで口ずさんでいるのである!(私はといえば「いと、うつくし」の大型プラズマテレビの前で吐き気を催すばかりだというのに・・・。)
      それは私にとって、魔女鼻の老嬢教師が振り返ると(Mは学校では結構厳しい先生なのだ。私には甘いけど。)、なんと頬を染めキスを乞う長澤まさみだった!というくらいの衝撃的な姿だった。
    そして、貧困と過労に喘ぐ男性恐怖症のこの老嬢に、砂塵の舞を何時間も見続ける情熱を与えたその人こそ・・・ヨン様なのだ!!!


    ヨン様、恐るべし!
    実生活において、「淡い初恋」すら一度も抱いたことがないというMを、この年にして、こんなにも突然、甘ったるい妄想にふけらすなんて!
    (ところでウズベキスタンでは一般的な初恋年齢を18歳に設定している。『18歳にならない者はない』というのは『恋をしない人間はいない』という意味だ。ちょっと遅くないか?で、つまりMは『18歳にならなかった』稀有な女だった。)
     Mはあの砂嵐状のヨン様によって、生まれて初めて「恋心によく似たせつない感情」で心を湿らせ、不惑にして「18歳になった」わけなのだ。
    この地球上に「韓流」なかりせば、Mは生涯恋の片鱗すらも知らずに死んだことだろう。
    私は韓流の純愛が「老いた乙女」を刺激する威力を、またしてもまざまざと思い知ることとなった。

     ・・・実はMからまた手紙が来ていて、「脳圧が高く、くらくらします。あなたの世話になどなりません。カザフに帰ります。」などとまた暗いのだが、ヨン様Tシャツでも送りつけてみよーかと思う今日この頃である。ウズベキ語で手紙書くの億劫だから、「これでも着てぐっすり寝て潤いな!」と一言だけ書き添えて。

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