トゥルキスタン夜話

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2006.08.15 Tuesday

文学のなかのバカトルコ・その2

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    「バカトルコ」か、「文学のなかのトルコ人」か、どちらに入れるか迷うが、とにかくトルコに関する記述を発見したので、書いておく。
    「坂の上の雲」のなかの「エルトグロール号」についての挿話である。
    これは勿論「エルトゥールルErtuğrul 」号なのだが、司馬遼太郎は平気でテキトーに書いている。
    ま、トルコ側の資料でも日本人の名前など散々間違えているから、おあいこであろう。

    ちなみに冷血な私はこの話を通訳するのが大嫌いだ。村人がどーこーという部分が特に嫌だ。日本人の話し手の押し付けがましい話し方も嫌だし(なぜか必ず説教臭い)、聞き手となるトルコ人が「そんな話、しらねーよ」という冷淡な態度だったり、立場によって「へい、昔から日本人は我々によくして下すって・・・」などと露骨に胡麻すったりするのが、どちらにしても非常に不愉快なのだ。よって、この件については無視する。司馬遼太郎もねちねちした友好秘話にしたてたりはせず、事実だけをさらっと書き流しているのは好感がもてる。これは、作者の、といより、町おこし運動などなかった昭和44年当時の清い認識であろう。(私がこの話から学んだことは、日航機墜落事故から学ぶべきことと同じで、老朽化した船や飛行機は整備が万全でないと、とんでもない悲劇を引き起こす、ということのみ。トルコ人を助けただのなんだと恩着せがましく語る前に、何故沈んだかのほうを知っておけ、と思う・・・。アリ船長をはじめ乗員はすでに出航前に船体が危ないことを知っていたという話もある。)

    で、私が注目したいのは、ちょっとバカトルコな司馬遼太郎のトルコ人観である。
    曰く、
    「元来が中央アジアの野蛮人であったこの民族は固有の文化というものがあまりない。宗教はアラビア人から借りた。ズボンとはきものはサラセンから借り、服の上着はペルシャ人から借り、ターバンはインド人から借りた。なによりもきらいなのはキリスト教であり、西欧の文化はいっさいうけつけず、キリスト教国を圧迫することに宗教的使命感をもっていたようであった」

    ・・・ほら、バカだ。たとえば、外国の本に日本人に関して、
    「元来が極東島国の野蛮人であったこの民族は固有の文化というものがあまりない。宗教はインド人から借りた。衣食住の全ては文化は中国人から借りた。なによりもきらいなのはキリスト教であり、西欧の文化はいっさいうけつけず、キリスト教国を圧迫することに宗教的使命感をもっていたようであった。島原の乱をみよ。」
    などと書いてあったらどうだろう?かなりイラっとくるではないか。このトルコに対する牧歌的無神経と無知、それこそが「バカトルコ」なのだから、司馬遼太郎もある面「バカトルコ」組なのだ。

    しかし、さすが司馬遼太郎とゆーか、概括的トルコ人観はともかく、具体的な個々の描写は鋭くトルコ人の特徴をよくとらえている。

    トルコに帰る途中、下士官たちは自分たちの「おこづかい」をトルコ人ではなく、日本人に「預かってほしい」と懇願したというのである。懇願された日本人大尉は「それは筋違いではないか」と言い、トルコ人士官に預かってもらえばよいことだというのだが、下級士官達はこう言う。
    「あなたはトルコの実情をしらない。トルコでは士官をはじめ支配階級はすべて腐敗しきっていて、これほど信用できぬものはない。かれらに金をあずけることは盗賊にあずけることだ」

    そしてトルコ人士官は「自分の部下の下士官や兵をいっさいかまいつけず、まるで他人のようであり、無視しきっていた」そうで、日本人の大尉は「この点、ちょっと理解しがたい連中だ」と漏らすのである。

    トルコ人はやたらと「unvan役職」に拘るのは事実だ。
    名詞交換の時など、平気で「Sizin unvaniniz ne?(で、あなたの役職は?俺より偉いの?偉くないの?)」と聞いてきたりする。
    「旅行者(misafir・・・常におごられてばかりいても顰蹙を買わないでいられる役得な立場)」でも、「外人オトモダチ(これは要は異国情緒あふれる彫像としての役割だから、別に貧乏だろうと低学歴だろうとブサイクだろうと語学ができなかろうと許容される。民芸品と同じ扱い)」としてでもなく、普通に対等にトルコ人の中流階級(日本語だと上流といったほうがいいかも)と付き合いたいと思ったら、なんらかの「unvan」がないと正直厳しいと思う。しかもunvanがあったらあったで、トルコ人のなかでもとりわけunvan好きな人々が多く自分の周囲に集まってくることになる。何らかの集まりで、unvanを秘せば、徹頭徹尾無視され、それが偶然明らかになったとたん、接吻と抱擁とお世辞とが雨あられと降ってきて突然人気者になる、などというのはよくあることだ。unvanひとつで、まさに「手のひらを返される」わけだが、その顔に毒蜘蛛の如く唾を吐きかけてやったらどんなにスッキリするだろう、と内心思ったとしても自分の正体を知られてしまったのであるから、鷹揚にニッコリする以外はない。そういう人々と付き合っていると(別に付き合いたくもないが「彼らが」付き合いたがってしつこくするので、嫌々付き合うのである。その投げやりな態度は倣岸不遜に見えるので、その手のトルコ人からの反応は上々だ。偉そうにしてナンボの世界だから。)その後も人に紹介されたり、レストランに入ったりするたびに料理長などを呼びつけて「この方は・・・であらせられるぞ」などと我々日本人から見れば鼻くそみたいなunvanを滔々と発表されたりして恥ずかしいことこの上ない。要は「偉い人の友人である自分は偉いのであるぞ」とトルコ社会の中で虚勢をはっているのである。他人の虚勢の道具に使われ続けることは、痛烈な屈辱である。よく日本でも名誉職にばかり就いている「やんごとなき人々」はこの手の待遇をゆめ屈辱と思わぬよう、よほどの「帝王学」を学ぶのだろう・・・と想像される。少なくとも私のようなスキゾフレニックな(社会性が薄い)平民には耐え難い扱いだ。

    そして、勿論階級間で異常な不信感があるのも今に至るまで続いていることで、トルコでは「上官」「管理職」は日本に比べてすごく威張っている。自分が「部下」になった場合はその暴虐に腸が煮えくり返る思いがし、到底耐えられない。しかし自分が「上司」になってしまったら、今度は憎悪とやっかみの対象となり、ありとあらゆる手を使って「引き摺り下ろそう」「経歴に傷をつけてやろう」と陰謀が企てられることがあるのもまた現実なのだ。どす黒い悪意(これをしてナザールと言う)を避けるためには、金で解決する(オゴルor昇給させる)しかない。言っておくが人徳などというものは無意味である。その意味するところが違う。簡単に言えば、「非ムスリム」が同時に人格者である、というのは矛盾も甚だしく、最初からハンデとなるのだ。ご馳走する金も無く、付き合っている暇も愛情もない場合は(ひたすらトルコ人に「ベタ甘く」する、という手もあるが、その分自分にしわ寄せが来るのでそんな贔屓をするにも暇と愛情が前提条件だ)、・・・徹底的に接触を避ける。なるべくボロを出さない、見せないようにするためだ。
    私はなんとなく、「自分の部下の下士官や兵をいっさいかまいつけず、まるで他人のようであり、無視しきっていた」という冷え冷えした状況もわかる気がするのだ・・・。

    勿論、司馬遼太郎が描写しているのは、オスマン帝国の話なのだが、似たような構造が今日にいたるまで見られるというのは、トルコ人の「国民性」とみていいのではないだろうか?(そして、トルコと関わりを持っている日本人もまた、トルコ人に感化されるのか、そもそも「トルコ人みたいな人」がトルコと関わるせいか、「トルコ人以上にトルコ人的」になってしまっている人もいるので、要注意なのである。)
    私はこんな恐るべき社会の一員として生きたり(部外者として生きるのは平気)、トルコ人の下で働いたりすることは多分一生できないだろうと思われるので、それができる人々を心の底から尊敬する者である・・・。頑張ってね〜。


    NOT:
    思い出した。トルコの「金持ち」とオルタキョイのスノッブなバーに入ろうとした時(路地だったので、運転手は大通りに放置して自分たちだけで突入)、対応した門番がたまたまその「金持ち」を知らなかったらしく、「予約で一杯だから入れない。帰れ帰れ。」と「けんもほにょにょ」な態度で言った。「じゃあ、帰ろっか」と白けた気分で引きかえしかけたら、「○○様〜!」と取り乱した店のオーナーがすがり付いてきて、「金色夜叉」みたいな愁嘆場を演じた後、「特等席」が用意されたのである。席についても私は腹の虫が収まらず(hirsini alamamakという。断られるのはかまわないのだが、その豹変と露骨な媚が勘に触る。)、運ばれてくるカクテルに「嗚呼、酒がまずいこと!」と文句をつけずに居られなかったが(本当にまずかった)、「金持ち」は平然としている。いつものことよ、と言うわけだ。つまり、そこまで「金持ち」であっても、その事をちゃんと示さなければ、「蠅」のように扱われ、一旦そのことを明らかにすれば、途端に「皇帝」扱いされ、しかもそれに役者全員が「慣れている」社会・・・、なわけで。こんなところに居たら誰もがunvan気にするよーになるよなあ、誇示して得したくもなるよなあ、と感慨深かった。

    サバンヂ財閥の御曹司(通称『サバンジ坊や』)とやらも、いつでもどこでも両腕に二人のモデルをはべらせた(と、いうより当人よりモデルがデカイので捕獲された宇宙人のよう)状態で歩いていたのを思い出す。最初見たとき、「漫画みたい・・・」と噴出してしまったのだが、なぜあんな「一目瞭然」なことをしてたのか、この一件で薄々分かった。おそらく「俺は金持ちだから常に丁重に扱え」というゼッケンを貼るわけにもいかないので、プライベート空間でも(当たり前だがサバンジ坊やと言えどもパーティー会場とかホテルのバーの中にまでボディーガードや専属社員などひき連れていけない)ちゃんと皆に分かるようにしていたのだろう。無用なトラブルを避けるための、彼なりの「親切心」だったのだ!

    03:20 | トルコ | - | - | - | - |

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