トゥルキスタン夜話

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2008.03.22 Saturday

花つみ日記

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    邦画の最高峰を見てしまった!
    なんと1939年作品である。70年近く前の映画にこれほど新鮮に感動するとはびっくりだ。
    吉屋信子原作、その名も「花つみ日記」という。
    主演は高峰秀子。正直、フルムーン切符のCMで「ポーラX」のカトリーヌ・ドヌーブばりに「風呂の湯にチチを浮かせる(『老乳ぽっかりの術』と名づけたもんです)」という技を使ってた老女優、というイメージしかなく、太平洋戦争の特攻隊が「高峰秀子を守るために逝く!」などという遺言を残して居るのを見ても「古くさ!」としか感じていなかったのだが・・・。
    どーしてどーして15歳の高峰秀子は最高なのである。すらりとした長身、すっきりした男顔に愛嬌を湛えるたれ目、若竹のような二の腕、十代そのものの溌剌とした仕草・・・一言でいうなら、純然たる爽やか美少女である。ちょっと往年のヒロスエに似ている。(てか本当は木下優樹菜に一番似ている。あんまりキャラが遠いので誰も気づかないのだろうが、顔の造作がソックリ)
    (私の目で見て)この映画はその高峰秀子こと「篠原栄子」が転校生に恋をする、話である。

    相手役の転校生は「佐田みつる」というのだが、なんか名前からしても「お似合い」という感じがする。私も弱いが「男名」の女子ってやはり昔から実力より10%増しでモテるんじゃないんだろーか。

    で、篠原栄子ちゃんはしょっぱなから東京から転校してきた中原淳一の挿絵のような美少女にとっても惹かれるわけです(実は演じている女優さんは高峰秀子に比べると綺麗じゃない。でもだからかえって高峰=篠原が「あんたってカワイイわ、カワイイわ!」と夢中で言い募るのが「あー、あばたもえくぼってくらい惚れとるのな・・・。」という感じでイイ。イマイチだからこそ観客も感情移入しやすいというもので)一目あったそのときから恋に落ちました、という感じで、ヴェルレーヌの詩集なんかを読む最中、ふと面影がよぎったりしたらソレはもう恋ですね、はい。てか最初会った瞬間、クラスメートのなかで彼女だけただ一人、巻いていたはちまきを「無意識に」とろうとするのも濃やかな名演技です。ガール・ミーツ・ガール系の映画に多いのですが、最初の邂逅シーンですでに「電撃に打たれました」という描写がちゃんとある。70年前の映画でありながらお約束にのっとってるのが嬉しいです。(たとえば「ショウ・ガール」なんつー糞映画でも「初対面でズキッ!」を思わせるシーンがある。実は私はこの映画カナリ好きだったりして…血中オカマ度が高い方にはお勧めですことよ)
    栄子さんのご執心には理由があって彼女は小学校3年生まで東京の浅草で過ごしてきたので、他の大阪っ子とは違い東京にそもそも郷愁がある。「みつるさん」の背負っている「東京から来た」転校生であるという事実にまず惹かれているわけです。「佐田みつる」さんは性格描写的には昔の少女漫画にでてくるよーな「暗くて大人しい優等生」という感じの子。

    でもう、この子への篠原栄子の接近がもう古今東西「美少女転校生はこう落せ!」とマニュアル化されてもいいくらい王道でスバラシイ。そう、天然の「女殺し」なのである。
    「ああ、この学校で上手くやっていけるかしら・・・。みんな大阪弁だしよくわからないわ・・・」みたいな不安な風情の時に、わざわざ標準語で話しかけて近寄り「みつるさん、そう呼んでもよくて?私、篠原栄子。みんなは栄ちゃんって呼ぶの」と直球で近寄って、ぐいっと肩を抱く。最後の「有無を言わせず肩を抱きよせる」というのがポイントだと思う。さりげない身体接触の上手い女は絶対に女にモテます(それで爽やか美少女であればもう最強)。この映画のなかでは一貫して篠原栄子さんのほうからみつるさんに身体接触をしかけます。細かくみても100%全部。古い言い方だけど、やはり「男役」なんでしょーね、栄子さん。触りたいオナゴには躊躇なく触るぜって感じで、すがすがしいです。

    で、女殺しの篠原栄子さんはみつるさんに「親切にする」んである。ええ、やはり気に入った転校生には親切にしなければなりません。街を案内したり、家に連れて行ったりしながら互いの身の上話をする、という、やはり王道な手を使います。
    栄子さんは大阪というコテコテな町の花柳界の家(実家が置屋?)に生きてきたヒトなので、なんというかみつるさんが持つ数々のハイカラ属性にどんどんはまっちゃうわけですね。「東京から来た」「中原淳一風美少女」「名前はみつる」「クリスチャンではないけれど日曜学校に行く」「お兄さんが居る」等々。最後の「兄が居る」というのに無闇に憧れるのは多分女だらけの湿度の高い世界で育ってきたという理由によるのだと思うが、潜在的には「自分がこのかわいいひとの兄になりたい」という願望があるんだと思う。栄子さん、本当にミョーにこの兄貴に拘って、勝手に「どんな人なの?きっとイケメンなんだろうなあ!」などと妄想して、みつるさんに「んもー!気が多いのね」と苦笑されている。

    で、日曜学校での初デート中、早くも「天国ってあると思う?」「あたし、分からない」「あたしはみつるさんがあると思うなら、天国ってあることにするわ。たとえ死んでもあんたに会えたら嬉しいもの」という会話が交わされる。「告ってる」ようなもんなんだけど、みつるさんの返事がちょっと「ガク!」って感じ。「栄ちゃんと毎日遊べるんなら、あたしも天国あるといいと思うわ」と満面の笑みで答えるのである。「遊べる」って・・・。子供じゃあるまいし、なんかニュアンスが違う。でも恋は盲目な栄子さんはこの答えに舞い上がって「ね、うちに行ってもっとお話しましょ!」と、はちきれんばかりに「好き好き大好き!」光線を放ち、そのまま手をひっぱっちゃって自宅に連れ込んでしまうのです。(スゴイ直球です。「今度○○の美術展にいってみない?」とか「どこそこの店が美味しいみたいよ」とかでなく、「アナタともっとお話したからウチに来い!」とはっきり言える人間になるべし!)
     家につくと早速栄子さんは中原淳一の絵の載っている雑誌を見せて「この絵、誰かさんに似ていると思わない?」「わからないわ(みつるは優柔不断なネコちゃんなので、質問に対していつも『わかんない』、という。ちょっとイライラさせるのがミソ、なのか?)でも綺麗でとってもよいわねえ、この絵」「そのいいところが似てんのよ」・・・ここで、風のようにさっとみつるさんの耳元に顔を近づけ「あ・ん・た・に」とこそっと吹き込む。可愛いぞ、高峰秀子・・・。で、何故か一旦みつるの手から絵を取り戻し「あたしのこと、嫌いになっちゃ、いやあよ」と念を押してからその絵を改めて見せるのだ。意訳するなら「私は女でしかも貴方が好きなんだけど、どうか嫌わないでね」と、言っているんじゃないだろーかね、これは。

    この辺で印象的なのが元仲良しグループだった周りの少女たちがこの二人の様子に「どん引き」していること(このグループの中に若き日の加藤治子が居ます!)。栄子のことを遠巻きに見守っては「栄ちゃんも物好きやなあ。最近佐田さんにべったりやん」「めずらしいもん好きなんや、あのひと」などと口々にイジワルを言っている。私はこの「リアルさ」にびっくりしてしまった。つまり、ほかの子たちには「アイツおかしくなっとるぞ・・・」というのがうすうす感じられ、なんだか薄気味が悪いというか、不愉快なのである。多分70年経った今でも女子校内を恋愛の舞台にしてしまう「エス」系少女に対して「フツーの人々」はそうそう甘くないと思われます。
    「フツーの人々」のうんざり感も私にはよく分かるのであります。この前まで一緒にお弁当を食べていたり、一緒に帰っていたりしていた友人がある日「頭がおかしくなって」恋路につっぱしり、野良犬のようにどこかへ消えてしまう。まソイツは「恋人」とつるんでいるわけだが、ソイツといつも組みになっていた子たちにとっては勝手に消えたり現れたりするのは大迷惑な話である。今までどおり話をしても、恋する乙女はものすごく情緒不安定で、挙動不審で、いままでとは違って決定的に「痛い」。てか女子校ではフツーの人は恋愛は学校に持ち込まないわけで、勝手に例外的状況を作ってしまうのは殆ど社内恋愛並に迷惑なわけです。いかんせん「アイツ、三組の○×とデキてんじゃね・・・・この前ドコソコで手をつないで・・」とグループ内で噂話に花を咲かせることにもなる。すると「エスな人」もなんとなく元のグループに居づらくなってますます孤立していくわけですね。…で、そうかと思うと、昼休みにふらりと皆がお弁当を食べている席に蒼白な顔をして舞い戻っきて、机に突っ伏して突然泣きじゃくる。ふられたんですね(笑)まあ、そんな具合に、今まで普通だった友達がそんな痛々しい「レズモンスター」に豹変するのが許せないから、ほかの子たちはいかんせんイジワルのひとつも言いたくなるわけであります。

    で、栄子さんとみつるさんですが、些細なことから喧嘩となり「別れて」しまうのです。まず栄子さんにはみつるさん以前に「憧れていた」梶山先生、という歌の上手な麗人風(実はこの先生を演じる役者は本当に宝塚の男役で、実生活ではゲイの中原淳一の妻である。『男同士』の結婚ってわけ?)の先生がいます。つまり栄子さんというのは、多分もともと同性愛的傾向があり、みつるが転校する前はその対象を梶山先生に求めていたわけです。そこへみつるさんという対等の、ベタベタ触れられるよーな、生身の恋愛相手が現れます。以前、先生とは純粋に尊敬し、可愛がられるという「いい関係」を保っていた栄子さんですが、そんな淡い憧れと現実の恋愛は大違いなわけです。快楽も苦痛も千倍くらい増幅される、というか。だから十五歳の少女はこの初恋にいちいち大きく揺すぶられ、いきなり天に舞い上がったり、身も世もなく傷ついたりする。マニュアルのない恋路に翻弄される少女の震える情緒が痛ましくもいじらしいのであります。この映画はそーゆーところを繊細に丹念に描いていて、ゆえにリアル!なのだと思います。

    二人はその先生の誕生日に「一緒に何かプレゼントしよう」ということになる。(70年前だけど「プレゼントする」って言ってた)先生の名前は「芙蓉」だから芙蓉の花を刺繍した壁掛けを贈るのです。(女の子ふたりなのに何故か刺繍をするのはみつるさんだけ。栄子さんは「タチ役」だから刺繍はしないのか・・・?)で、互いに「出し抜いたりしちゃ駄目よ、一緒に渡すのよ」と約束するのに、当日栄子さんはフランス人形(正確には『テンプル人形』と言うらしい)を先生の家に持ってくるのである。遅れてきたみつるさんはそれを見て腹を立て、「御用があるのでおいとまします!」と帰ってしまう。栄子さんはびっくりして追いすがるがみつるさんは取り付くしまもなく・・・往来で栄子さんは子供のように目を擦りあげ泣いてしまうのである。(ほんとにウエーンって泣くの。あくまで直球。でも可愛い…)

    次の日みつるさんは学校で「絶交宣言」をし、理由を聞きたがる栄子さんに「あなたは自分だけがいい子になろうとして、壁掛けよりずっといいお人形をあたしにナイショで持ってきたんだわ!抜けがけするなんて、あなたって怖いひとよ。」と怒りのわけを説明する。栄子さんは「違う、あれもアナタと二人の贈り物として渡すつもりだったのよ」と言うが(多分刺繍のほうは主にみつるにだけやらせてしまったので、罪悪感からフランス人形は自分で買って連名で送ることに決めたのだろう。それを説明しようと先生の家の前で待っていたのだが、みつるがなかなか来ないので、二人で落ち合う前に先生と先に自分だけ対面することになってしまった)、みつるさん、聞く耳持たず。ついに栄子さんは「みつるさんの分からず屋!もう知らない!」と吐き捨て、去っていくのでした。その日、栄子さんはブランコの脇で、じっと物思いにふけっている。それを遠くから見つめる、みつるさん。声はかけられない。栄子さんは以来、学校にも来なくなる。教室でぽつんとひとつあいている机を眺め、みつるさんは心配しだす。こっそり何度も下駄箱を確かめたりもするが、栄子さんの靴はもうなく、二度と現れない。制服が冬服に変わる頃、ニュースが飛び込んでくる。「栄ちゃん、退学して舞妓さんになったんやて。あんたと喧嘩して学校嫌になったんとちゃうか」と。

    ・・・これはまー、またスゴイ展開であります。女生徒同士の痴話げんかの顛末なんぞ精々卒業まで口聞かないとか、登校拒否するとか、その挙句留年するとかそのくらいでしょ、普通。折角の女学校を辞めて、しかも以前はさも馬鹿にした口調で「芸妓になんかなるもんですか!」とみつるに言っていた舞妓になってしまうなんて・・・なんという破滅的な道を選ぶんでしょう、この栄子というひとは。要は女同士のゴタゴタのせいで「自ら人生駄目にする」わけで、ここひとつとってもこの映画が「同性愛的な友情」と砂糖菓子的な語り方をされているのが納得いかない。たかが友情のためにソコまでする乙女があるか!女のために人生踏み外す、なんてことをするのは生粋の同性愛者だけだと思う。そう、かなりきわどい、というか危険な映画なのです、これ。真のレズビアニズムってのはこーゆーことなんですね。全身全霊を賭けて同性である他者と向き合えること、コレがすなわち私が思う定義であります。(イイデスカ、あくまでも他者と向き合うんですよ。間違っても自分の分身とか投影像と向き合うじゃありません。ここが重要デス!)別に女に惚れたとか性欲を抱いたからどーこーというわけではない、と。

    で、栄子さんがイジラシイのは舞妓になってもみつるさんにもらったおもちゃの指輪を肌身離さずつけていたり、女学校時代の歌を悲しげに口ずさんでは「嗚呼、みつるさん、会いたいよー」とばかりに泣き出してしまったりするところ。未練たらたらな訳です。
    そしてふたりは別々にお参りに行った信貴山で偶然バッタリ出会う。(そのときの高峰秀子の舞妓衣装がすごい。頭に原寸大の風車挿しているんだよ。ギャルの「花盛り」よりずっと派手じゃん!和装って実はすごいキッチュだなあ。。。)霊験あらたかな?山で舞妓姿の栄子さんが「もう一度みつるさんに会えますように」と「風車をクリっとさせながら」お祈りをし、その直後、偶然再会する、という展開である。
    みつるが栄子を見つけ、思わず駆け寄った瞬間、栄子が思わず「うふ」っと無邪気に微笑むのがなんとも愛らしい。でも、次の瞬間「あなたは昔のままだけど、あたしはこんな風になっちゃった。」と恥じ入るように悲しい顔をして走り去ってしまうのである。現代風に翻訳すれば「水商売の女になったあたしをそんな純粋な目で見ないで!いやー!」、という感じか。BL風に言うなら「僕は汚れてしまった…もうこの手にお前を抱くことはできないんだあああッ」でしょうか(笑)

    物語が急展開するのは意外なところから。
    みつるさんのお兄さんが出征することになるのである。ソレがどーした、という感じですが、恋愛中、些細な事で始まった喧嘩は些細な事で修復するが吉!なんですね。こーゆーご都合主義もまた真実だと思います。ちなみに小学校まで浅草に住んでいた栄子さんの大好物は「切山椒」というお菓子で、東京に単身残っているお兄さんはみつるからそれを聞き、態々栄子のために送ってきたこともあるので、栄子とお兄さんはまったく縁がないわけでもありません。

    ここで!意外にも!例の「レズってキモイなあ」と思ってるっぽいお友達軍団が活躍する。彼らなりの嗅覚で「このことは栄ちゃんに知らせなきゃ」というのがピン、と来るわけですね。「あいつキモかったけど、ミツルに振り回されてヘコんだ挙句、学校も退学しちゃったアホや。あんまり無残な失恋だし、絶対ミツルに未練タラタラだから教えてやらな」とでも察したんでしょう。で、学校帰りに栄子の家まで訪ねていく。すると栄子は「信貴山から帰って以来」寝込んでいる。(別れた女に偶然会っただけで『ずっと寝込む』って…どんだけ繊細なんだよ。)
    その病床の栄子にお友達軍団はちゃんと「みつるさんのお兄さん出征するよ!」と伝えるのです。(デカシタ!)
    すると、栄子さんはふらふらと立ち上がり出て行きます。なんと、可愛い町娘に身支度を整え、戎橋に立って行き交う人々に「千人針」を刺してくれ、と訴えるのであります。夜になって雨が降ってきてもじっと立ち続け、「お願いします。どうぞ。お願いします」と声をかけ続ける栄子さん。なんとも可憐なシーンで、泣けます。
    栄子さんは「みつるさんのお兄様が死んだりしたら、あの子がきっと悲しむ。あたしはこれ以上あの子が傷つくことに耐えられない。お兄様には何が何でも無事で戻ってもらわなきゃ」とだけ考えています。学校を辞めたのも恐らく「みつるを傷つけた自分が許せなかった」から。だから病気を押して何時間もたち続け、ひたすら千人針を完成させるのです。この血が滲むような執念、この呆れた根性、これを恋といわずしてなんでしょう!栄子はこのとき、単なる「めずらしもん好き(ハイカラ転校生に惚れちゃった人)」から「相手のことだけを思い、無償の愛を与えられる人」へと成長するのです。

    次の日、お兄さんは、その千人針を携えて颯爽と出征していく。それを見送るみつるは梶山先生に「どうか栄子さんと仲直りさせてください」と頼みます。乙女の執念は「まごころ」としてみつるに通じたのです。
    病身を押して雨のなか遅くまで外にいた栄子さんは当然またベッドに臥せっています。
    栄子ママが聞きます。
    「あんた、うわごとにみつるさん…みつるさん…って呼んでたけど、なんぞ用でもあるんかえ?」
    「用があったかて、みつるさん、もう来てくれへん。うち、死んでしまいたい。嗚呼、天国ってほんまにあるんやろか」
    「縁起でもない!」
    などと言う会話を交わしたあと、栄子はうとうとと夢路に迷い込み、またみつると天国で会おうと約束を交わしたあの場面に浮遊します。死んで天国で会える、ということだけが「愛の力」を使い果たした今の栄子の望みなのでした。
    と、夢から覚めると枕元には梶山先生と、そして、みつるが目に入ります。栄子は病気なんだし、みつるから手を握るべきじゃないか、と思うのですが、ここで手を伸ばすのもまた栄子のほうからです。手を握られてはじめてみつるは「ごめんなさい、栄ちゃん、許して」と謝るのです。(とことん受け体質だな〜)
    すると栄子は「おかーさん、やっぱし天国ってあったわ!」とコロっと元気になるのですが、この豹変ぶりも十代っぽくていい。
    報われなくてもいいからと、自分なりの愛を貫きとおせるようになった時、恋人が戻るというこの嬉しい逆説。栄子さんは「死んで一緒になってどーすんねん、やっぱり今ここでこの人と一緒に居ることが私にとっての地上の天国や!」と気づくのでした。
    最後は梶山先生が栄子のリクエストに答えて歌を歌い、それを聞いてみつるは部屋の隅で肩を震わせて泣き、栄子はベッドでにこーっとするところで「をはり」となります。栄子の指にはみつるの作ったおもちゃの指輪が光っています。

    …、はーっ。とにかく名作だ!こーゆー映画を見るとなんか自分の人生の欺瞞に耐えられず、灯油かぶって火をつけたくなるので危険なのだが、恐らくこのふたりも今後「あの頃を思い出して郷愁のあまり死にたくなるような」人生を歩むのではないか、と思われるので、それもまたヨシ、という感じでしょうか。(だってみつるって女学校出たら1年花嫁修業してすぐ見合い結婚しそう。どう考えても芸妓と一生を共にするようには思えん…でもそれでも一抹の可能性を感じさせるところが「吉屋マジック」なのである。なんせ作者が「女と結婚している」からね。こんな心強いことはない!)
    興味ある方、特に女性と恋愛中の「ぢょぐわくせい」は是非見るべし、です。「何故に70年前の映画と同じことをやってんだろ、私」と思われること請合いでしょう。そして何かしら勇気づけられると思います。少なくとも私は昨今の「百合系アニメ」「ビアン映画」よりずっと現代的でリアルな内容だと思いました(笑)
    恐るべし、戦前の少女小説!


    NOT:このブログの数少ないの読者?と思われる方からご指摘がありまして、「老乳ぽっかり」CMに出ていたのは高峰三枝子という人で、高峰秀子とは全然別人だったよーです。知ったようなこと書いてすまなかった、秀子&三枝子よ・・・。そしてそのファンの方々、すみません。浅野温子と浅野ゆう子を間違えるくらいバカでした。

    しかも私は三枝子さんとごっちゃにしてたので、もうとっくに亡くなったと思ってたのですが、秀子さんてまだ生きてらっしゃるじゃあアリマセンカ!
    怪我の功名というか、間違いに気づくことによって嬉しい発見があって良かったです。指摘してくれて、本当にありがとう。

    本来消して「無かったこと」にしちゃいたいくらいですが、「ホラね、素人ブログは法螺ばっかだろ」、という証拠になるので、すっごく恥ずかしいけど、このまま間違い記事も残しておきます。
    うーん、プロのライターだったら、切腹もんかも。素人で良かった。。。めげない〜。

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