トゥルキスタン夜話

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2007.11.05 Monday

映画のなかのウズベキスタン

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    スカパーっ子なので、いかんせん「新作」を見るのが一年遅れになるのだが、「嫌われ松子の一生」に「ウズベキスタンで青年海外協力隊になりますっ」という台詞がある。
    これが「タンザニアで井戸堀りをしますッ」「南極で越冬します!」とかだったら、私も「突然何言ってんだ、この女わけわかんね!」で済んだかもしれないが、私にとって「ウズベキスタンで青年海外協力隊になる」というのはエライ生々しい現実で、色々な場面がフラッシュバックし、それ以降「で、ウズベキスタンで何してるのさ?シャルクシノースリッキで日本語教えてるのけ?」とか「てか柴咲レベルの女がアノ干からびた国なんぞ行ったら…ぎゃああああ(コムハニー)!!」とかいろいろ考えてしまって映画に集中できなくなってしまった。

    しかしこの映画、監督大好き、出演者全員好き(特に主演と黒沢あすか)大好き、なのにイマイチ熱狂できないのは何故だろう。
    「歌手としての」中谷美紀が好きだったので、久々のお歌をスゴイ期待してたのだが…。

    (有名な話だが、中谷美紀さんは以前坂本隆一と組んで歌手として活躍していた。勿論女優業も波にノッてて、現在の柴咲コウとポジション的に似てるかもしれない。で、彼女の歌はとっても鬼気迫るものだったのである。一人称が「僕」で、繊細かつ狂暴な十代の「青い潔癖」を歌った作品が多いのだ。こーゆー歌を並の容姿の人が歌うと単に「にきび臭く」なるのだが、中谷美紀が歌うとスゴクはまる。ひょっとしたら森田童子のリバイバルに気をよくして(?)70年代に青春を過ごした中年おっさんコンビがそーゆー路線をとってみただけ、そして中谷美紀はクグツとしての役割を立派に果たしただけ、というのが真相なのかもしれないが、そんな「仕掛け」はどーでもよくなるほどに、中谷美紀&坂本隆一&売野雅勇の作り上げた「狂気の純粋世界」は素晴らしかった。

    ♪君の誇りを汚すものから
    君を守っていたい
    野蛮な街に心が
    負けてしまわないように
    偽りだらけのこの世界で
    愛をまだ信じてる
    少年らしさは傷口だけど君のKNIFE
    君の眼差しは夏草が茂る
    避暑地の空の匂い
    胸に吸い込むと泣きそうになった
    遠い夏休み想い出させる♪

    ♪あの頃の僕らが 嘲笑って軽蔑した
    恥しい大人に あの時なったんだね
    少年くさい君の 誇りが鬱陶しくて
    真心をからかったね 愛さえはぐらかして
    生まれて来なければ 本当はよかったのに…
    あの日 君に投げた 声に復讐されてる
    弱虫の偽善者は 僕の方だったよね そこから笑えばいい♪

    ♪君を土足で辱める
    悪夢から君を救いたい
    天国よりも野蛮なのに
    時々世界は美しくて
    笑った君を抱きしめると
    気が触れそうな気持ちになる
    天国よりも野蛮なのに
    空の青さに泣きたくなる ♪

    詩だけでも「う!」という感じなのにコレを美の絶頂期にある中谷美紀が歌ってたのですから、こりゃもう凄絶としか!!!
    で、私は「異性の気持ちになって歌う」という行為が全然理解できないので(何のためにそんなことすんの??ねえ浜崎さん…)、「このおっさんは実はオカマなのだ!」とか「このおねいさんは実はボクオンナなのだ!」と真に受けて聴いてしまう。百人一首の素性法師とかいう人の歌も「女心を歌った」ものではなく、当然「ホモ」だったんだ…男待ってたんだ、ということになるし平井堅の「エレジー」もまたシカリである。で・・・中谷美紀の「ボクオンナ炸裂!」という歌詞もやはりそーゆー聴き方をする。あの透明な容姿と声をもってして「ボク」と歌われた日にはビンラディンでも目がハートになって唇からキスマークがあふれ出るんじゃなかろーか…と言うわけで私はほんの少し夢中になっていたものだ。ええ。少しw)

    というわけで、中谷美紀の久々のお歌を過剰に期待していたのだが…まあ依然悪くはなかったものの「肩透かし」を食らったよーな感じだったのである。
    ゴスロリだった友人がユニクロのフリースを着て赤子を抱いて現れた!とかいうレベルのよくある話なのだが…。

    しかし、おそらくこの映画がイタくてあまり好きでないのは「嫌われ松子」のような人が身近に居たからだと思われる。

    私には実は死んだ姉がいる。
    そう、私は「愛されない姉」をもつ「愛される妹」なのである。なぜ愛されないか、といえばやはり容姿が…といいたくなるが、まあそれはともかく姉は何をやっても「痛いヤツ」だったからだ。まさに「嫌われ松子タイプ」だ。正直私にも痛いところは多々あるのだが、あの姉のお陰で「冴えてピカピカの可愛い妹」になることができてしまった。そう、(比較されるから)叶美香は「ひかえめな女」に見えるのと同じ現象である。
    姉に与えられるはずだった「愛」を独占していたばかりではない。姉は「不器用なのに行動派・自力志向」で、私は(おそらく)「要領の良い非行動派・他力本願」だったのである(てか病弱なので動けない)。
    3歳も違うのに、およそなんでも私のほうがデキるのだ。
    姉が七画の漢字を覚えようと四苦八苦していれば、私が常用漢字を全部覚えてしまう。姉がそろばんを習うのについていけば、私のほうが早く進級してしまう。姉に頼まれて水彩画に手を入れてやれば「こどもコンクール」に入選してしまう(あとでバレてふたりとも怒られた)。姉がテレビアニメ「赤毛のアン」の子供用絵本をやっと読んでいる時に、幼稚園児の私は新潮文庫でシリーズを「全巻読破」してしまう。ひょうたんの種を一緒にまけば何故か姉のだけ芽がでない(こりゃ、関係ないか。ちなみにその後、私は一時期ひょうたんにとり憑かれた。ひょうたんが好きで好きでたまらなくなり、大人になったらいつでも腰に酒を入れたひょうたんをつけて歩こうと思っていた。夢がかなわなくて幸いである…。顔も『ひょうたんのように』凹んでたほうがカッコイイと信じていたため、幼稚園時代の写真は皆ほっぺたを内側から吸引してへこませた超変顔で写っている。まるでムンクの叫びw)

    そんな姉妹を見て母は密かに恐怖していた。それはなんでかというと、当時やってた恐ろしいドラマがあったから・・・だったそうな。
    それは「素直な戦士」というNHKドラマで、受験戦争における兄弟の確執を書いた作品である。
    成績を競い合い、最後は兄弟殺しにまで発展する恐るべきドラマだったらしい。
    当時「差のある」兄弟を持つ日本全国の親はこの展開に震え上がったらしいのである。

    アラスジ→長男(東大タイプ?)は親の期待を背負って勉強一筋、毎日塾通い、成績は常にトップ。次男(早稲田タイプ?)は親に期待されてなく、のびのびと遊んでばかり。しかしだんだんヤンチャな次男のほうが、成績がずるずる落ちた暗くて性格の悪い長男より成績もあがり「見込みあるヤツ」ということになってくる。キレた長男は次男をマンションから突き落として殺そうとし、一緒に落っこちる…というような話。

    で、私はあるとき「お姉ちゃんと同じ事をする時は絶対本気になっちゃ駄目。お姉ちゃん、スネちゃうからね」と母に頼まれた。だから小学生になるころにはすっかり「手加減する=怠ける」癖がついてしまい、化け物じみた出来杉君ではなくなった。しかしそれでもやはり姉は不器用で、そのうえ「多動性」があるので、常人がどう手をこまねいても太刀打ちできない(要は松子みたいにチャカチャカ目まぐるしくいろんなことしたがって、必ず失敗するの)どうして姉は「余計なこと」を「やって」しまうのか?どうして学校で飼っている兎を勝手に家につれてきたりするのか?どうして突然窓から校庭に飛び降りようとして大騒ぎを起したりするのか?どうして弾けもしないのに合唱大会でピアノ伴奏役をやりたがったりするのか?どうしていじめられっ子の癖に生徒会長に立候補して、案の定落選して全校生徒の前で泣きだしたりするのか?どうして友達の家に遊びに行ってその家の家具を壊しまくったりするのか?どうして宝くじで一億円あたったとかすぐバレる嘘をついたりするのか?
    部屋に篭って静かに読書をするだけのおとなしい私にはひたすら謎なヤツだったのだ。(今思えば簡単に謎は解ける。要はアスペルガーだったんじゃん!)

    ある日姉は何を思ったか「あんたの名前なんか意味ないでしょう。あんたのはお父さんが間違ってつけたの。私の名前はね『出藍の誉れ』っていう立派なコトワザからとったんだからね」と自慢してきたことがある。私はニッコリして「『出藍の誉れ』って、青は藍より出でて藍よりも青し、ってやつでしょ。だったらおねえちゃんの名前は『藍』じゃなくて『青』じゃなきゃ。ま、だからさ。・・・ぴったりの名前だと思うよ、よかったね」と言ってやったら、姉はぷるぷる震えてしばらく引き篭もってしまった。
    受験をすれば姉は「絶対にあの学校に行く!」と宣言していた学校に案の定落ちる。
    なんで宣言したかというと、発端は学校行事の七夕の短冊に「私は絶対××学院に行きたいです!わたしをイジメめた人たちを見返してやりたいです!因果王報」と書いたからである。
    その短冊を姉が書いたということはすぐに皆にバレ、「オメー準会員(四谷大塚のお話です)の癖に、絶対受かる気なんだな?」と問い詰められた。
    男子に取り囲まれた姉は例によって逆切れ発作を起し「あたしの成績はどんどんあがってるもん。私は××学院に行くのッ!」、と売り言葉に買い言葉で「宣言」してしまったのである。
    ついでにこの時姉のアダナは「ギャジャリー(気持ち悪いと言う意味・姉に身体が触れたり話しかけられたりすると皆が「キモチワリ〜」と叫ぶのが常で、段々訛って「ギャジャリー」になった。当時「キモイ」という言葉はなかった)」から「インガ王」になってしまった。

    で、受験に失敗した姉は重い図体をもってしてずっしりと落ち込んだので、我々家族は全員腫れ物に触るようにしてなければならなかった。
    実はちゃんと滑り止めには受かって、イジメの連環からは逃れられるわけだからそれでいいじゃないか、という話なのだが、姉にとっては自分が宣言した学校に行く事が重要だったらしい。
    そうでなければ、「因果応報」が成就しないからだろう。
    以降、不登校にもなり(ザマ見ろ、やっぱ落ちたぜ!と囃し立てられるから)小学校の卒業式にも出なかったと思う。
    (姉が結局行くことになった学校は豊島が丘女子。豊島が丘は最近偏差値あがったけど、当時は二流校だった。生きていれば「大昔の上智大学に受かった人」のように、今頃デカイ面できたのに…と思う。やはり運の悪いヤツ。)

    中学生になってから、姉の「多動性」は少しマシになった、ってか萎縮しているような感じになった。
    多分おおっぴらにいじめてくれた(それでも構ってくれた)小学校とは違い、その学校ではあーゆー痛い人は「フツーに」無視されていたのだと思う。
    姉はなんだかダルそうになり、ぼーっとすることが多くなった。

    でも外の世界ではこれ以上ない地味女で通ってるくせに、姉は思春期になると家のなかでたまに「発狂」し、家族にあたってくる時があった。
    勿論一番とばっちりを受けたのがこの私だ。
    体格において大いに劣る私は単純暴力だと絶対に姉には勝てない。(運動神経は悪いのだが、とにかく「重い」ので、逃げ回れない部屋のなかで体重をかけてのしかかられるともうお手上げ)
    何故か正座させられて、ノートや定規で殴られながら何時間も「アホの」姉の支離滅裂な説教を「拝聴」させられるのである。
    これは本当に耐え難い拷問で、「ああ、早く終われ、終われ」と思ってひたすら見つめていた当時の絨毯の模様なんかを今でも私はハッキリと思い出せる。
    だから、このころは異様に長く風呂に入っていた。身体にコンプレックスのある姉は私と風呂に入ろうとは絶対にしないからである。
    風呂に居ればとりあえず安全だ、と思うから夕食がお開きになったあとは、なるべく風呂に居る時間を引き延ばして「時間稼ぎ」をするのだ。
    姉の説教の内容は常に理不尽だっただけに、もうよく思い出せない。確か「あんたは、布団の中から世界を動かそうとしてるんでしょ。そこに寝ているだけで皆を操ろうとしているんでしょ!そうは行くかああ!」というようなことをしょっちゅう言っていたとおもう。
    私は姉の居なくなった部屋で「あたしだって好きでこんな風になったんぢゃない」と呟いて本の「ぺえじ」に涙したりするわけだ。

    で、私は幼稚園のころの母の戒めを忘れ、「うっかり」姉の行きたがっていた中学に受かってしまったりする…そう、姉はそれを恐れてあれほど私の勉強時間をなくすべく妨害していたというのに。
    そして…嗚呼、その後の修羅はもうここには書けない。


    ・・・という脳内設定があるので(のうないかよ!?と自分で突っ込んどきます。いや、死んだ姉は実在して、変に呪縛されてはいるのだが…)、病弱な妹の首を締めて家を出て行く迷惑不器用なアスペルガー(気味)女の話にあまりノれないのである。
    ましてや「そんな神なら信じてもいい」って「ありえないだろ?!」と思う。
    東電OLを「泰子観音」とか「堕落のマリア」とか言ってあがめるナイーブな人々と同じ匂いを感じる。(仕事もロクにしないで年収1000万円貰って夜はせっせと売春している拒食症中年女とオトモダチになれる人間なんて居るわけない。…実際友達になんかなってみろ、絶対我慢できないから!と思う。拒食症の人って異常にケチでプライド高いんだよ…。)

    とにかく数ある老嬢自滅ムーヴィーのなかでもイマイチぴんと来なかった。
    しかしそれでも以前書いた「イヴの秘かな憂鬱」とかより全然面白かったりする。最近の邦画はスゴイ。


    NOT
    で、「トルコ」だが、この映画ではソープのことをきっちり「トルコ」と言ってる。バカトルコ(なつかし)です。
    私は実は「トルコ」というモノをこの映画で初めて見た…ような気がする。

    ところであの松子がやってた「泡マッサージ」は誰がやっても他人を気持ちよくできる必殺技だと思う。
    私は某ホテルで調子に乗って、観光客にソレをやってあげたことがあるが(そのホテルは何故か日本人が少ないので外国人女性にだけ。)異様に大好評を博し、この世で一番マッサージの下手な私ですら他人を気持ちよくさせられるなんて泡って偉大だなあ〜、と感動したものだ。

    どれくらいマッサージが下手かというと…私はMに作文を提出したとき「可愛い猫をこすりました」と書いた。
    Mは笑って「猫はこすらないわよ。『猫を撫でました』でしょ」と訂正した。
    私は真顔で「違いが分かりません」と言ったとさ。
    処女(しつこいけど、こう書いてオトメと読め)のMですら「そ・・・それはいかがなものかと。」という感じで「どんびき」してたものだ。
    そんな私ですら、あの「ターキッシュ・バブル(嘘。単なる石鹸の泡)」を手にすれば、あら不思議!超絶ゴッドハンドの持ち主になってしまうのである!
    淫靡なイメージが伴いがちな技だが、実は超健康的な行為なので(当たり前だ。多分造顔マッサージの田中さんも推奨してくれると思われる)、マッサージ下手で下手でしょうがない人は真面目に試す価値アリだと思う。とにかく泡を思いっきりもりもりたてればOK。

    ☆用意するもの☆
    古いTシャツ
    バケツ
    石鹸
    シェズロン(ガーデンチェア)

    さあ、頑張れ。(不親切なブログだな〜)

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